迷い込む 彼方と此方の境目 其の五
確かに雅樹は困っている。
斗司夫師匠に助けを求めたいが、此処に居ては何かが邪魔をして、連絡手段が全く無い。
第一同じ所しか行き来ができない。
「……そういえば、田川は学校まで行けるんだよな?」
「……???……学校まで?」
「だから、此処から……」
「学校どころか、今迄と何ら変わらず何処へでも行けるぞ」
「何だって?」
何時も同年齢とは思えぬ程の、沈着冷静振りを見せつける雅樹が、今迄聞いた事もない程の大声を発したので、圭吾の方がビビってしまった。
「いや……だから、全然生活には支障はないんだ。河童と人間じゃない……と、俺が感じる者達に声をかけられる事以外……」
「だったら、実篤様や小神様達に助けを求めればいいだろう?」
「おっ!その手があったか……」
圭吾は手を打って言った。
「いや〜別段俺的には今言った様に、ちょっとフワフワしてて、ちょっと周りが霞んでて、解らん者に声をかけられる程度なもので、全く支障がないもんだから、いえもりさまに言われるまで、大変だとは思わなかったからなぁ……」
「田川、それだけの症状が出ていれば、普通の人間ならば不便を感じるし、ヤバイと思うぞ」
雅樹が呆れ果てて、優しく諭す様に言った。
「そうか?……」
「そうだ……じゃ、お前は学校に行って実篤様に助けを求めてこい」
「……って、お前も行こうぜ」
「いや、僕は此処から出られない」
「此処から出られない?……って、なんか閉じ込められてんの?」
呆気にとられる程に呑気な圭吾が、雅樹の周りを探る仕草を作って言った。
「いや……ただ、此の僕が降りた駅から、用を足しに行った旧家迄の範囲しか移動できないんだ」
「何でだ?」
「それが解ったら僕は出れると思うんだ、たがわ」
流石の雅樹がイラッとした表情を見せて言った。
「うーむ。かなり難しいな……」
圭吾は考える素振りを見せているが、絶対考えていないと雅樹は断念した。
「そうだ!鈴木」
圭吾が雅樹を見て言った。その表情から、余り良い内容ではない事は瞬時に想像できた。
「賀茂は京都に行っているんだった」
「京都に?」
「何でも京都に居た事があるのか?京都に行って奈良に行くと行っていた」
「なるほど……実篤様は古都にお暮らしだったろうからな……」
「毎年行くらしい。土産を買って来てくれると言っていた。たぶんお前にも買って来てくれるぞ」
「それはありがたいが、実篤様は無理か……じゃ、小神様は?」
「松田が高熱を出しているらしい。相談しようと連絡入れたが、電話に出るのも容易じゃないらしい」
「そうか……参ったな」
「なんか、鈴木の方が俺より重症の様だな」
神妙な面持ちの雅樹とは裏腹に、圭吾は能天気に笑って言っている。
「まあな……」
「とにかく俺は帰れるから、電車に乗ってうちに帰るわ」
「そうか……」
圭吾は消沈気味の雅樹の肩を叩いて
「嘘だ。一緒に居てやる」
「いや、とにかくお前は此処から出て、何らかの手を打ってくれるとありがたいが……」
「俺はお前の役に立たんぞ。いえもりさまがいないからな」
気持ちのいい程きっぱりと言ってくれる。
決して有り難くはないが……。
「暑うござんすね」
カワウソが頭を垂れて圭吾の脇を通った。
「あんたさんとなら行かれなさるよ……」
「えっ?」
圭吾がカワウソの顔を見た瞬間、周りを往き来していた人間ではない者達が、一斉に圭吾と雅樹を凝視した。
「だから、ダメだと言っただろ!」
雅樹が圭吾を睨みつけて、手を取って走り出した。
「どっちのホームに行くんだ?」
「ああ……左だ左!首都圏方面……」
「走れ!」
二人は思いっきり階段を駆け上った。
後から沢山の何かが追いかけて来るのを感じたが、振り向く間など有り様はずもない。