迷い込む 彼方と此方の境目 其の四
鈴木雅樹は困っていた。
或る旧家の除霊をしに行って、そのまま元の場所に戻れなくなってしまった。
まだまだ修行の身ではあるが、死の淵にあった雅樹を生還させてくれた、斗司夫師匠からは〝優〟のお墨付きを頂いている。
自分で言うのも何だが、かなりこっちの勉強の方は向いているらしい。
難無く師匠の課す宿題をこなして来て、一度たりとヘマをした事がない。
……と過信していたのに、初歩の初歩……彼方から此方に帰る術が解らなくなるとは……。
幾日も幾日も同じ所を回らされている。
同じ星の位置を見、変わらぬ形の月を見て過ごした。
「………!………」
雅樹は旧家に行く為に降りた最寄り駅の改札口で、馴染みの友人を見つけて微笑んだ。
「やっぱりお前が関わっていたか」
雅樹が親愛の情をてんこ盛りにして声をかけると、相手は大きな身体に見合わない驚きを見せた。
「相変わらずチキってんな」
「おっ!鈴木」
圭吾は胸を撫で下ろす仕草を作りながら雅樹を見た。
「何でお前が此処に居るんだ?」
「それはこっちの台詞だがな……」
お互いにそうは言うものの、意図せぬ所に居るよしみか、不思議と手を取り合っていた。
「俺はここの所ちょっとフワフワしてて、乗り越してしまった」
長身の圭吾は、ちょっと身を屈める癖がある。
「えっ?この状況で学校行ってんのか?」
「ああ……って、この状況?」
「あ、いや……」
「まっ、確かにこの状況なんだが……」
圭吾はそう言いながら、挙動不審にも周りをキョロキョロしている。
「お前さっきから変じゃねぇ?」
「うっ……お前だから言うが、何か人間じゃない様な者に見られてる」
「えっ?田川、とうとうお前にも見える様になったのか?」
「いや……見える訳ではないが、何か違う様な……っていうか、ここの所ずっと靄がかかっている様な……兎に角変なんだ」
「なるほど」
「……っで、その何か人間じゃない者にいろいろ挨拶される」
「なるほど……返事はしてないだろうな」
「いや……流石に気味悪くて……」
「ならよかった」
「えっ?」
「たぶん相手はお前を人間だとは思っていない」
「へっ?」
「たぶん、同類だと思ってるだろうな」
「同類って……マジか……」
「まあ、マジだ。お前が変に気が強くなくてよかったよ。返事をしていたら、付け込まれてたろうな」
「付け込まれる……???」
「まっ、何でもよかった。これからも返事はするなよ」
「うっ……マジか……」
「しかし、何でお前が此処に?」
「そうなんだ。いえもりさまが言うには、俺はこーゆー所に迷い込んでも、知らない内に出て来れるって……」
「確かに」
「それが出られん様になってしまった」
「お前もか?」
「はあ?お前もか?……って、見習いだもんなぁ」
「いやいや田川、悪いがお前と一緒にするのはよしてくれ」
「はあ?」
「俺は見習いだが、できはいい方なんだ。何にも解らんお前と一緒にされるのは不本意」
雅樹は神妙な面持ちをしっかりと作って断言した。
「鈴木、マジでお前ムカつくわ」
圭吾がふてくされる。
「……っで、お前の護りの家守りは?」
「なんか、凄え大変な事になっているらしくて、慌てて金神様の所に行った」
「へえ……お前の後ろ盾は金神様か……凄えな」
「その変は解らないんだが……。凄え事は凄えんだが、いえもりさまが小さいから、金神様の所に行くのにかなり時間がかかるぽい。一度母親が死んだんだが、いえもりさまが遅くていろいろ面倒な事になった過去がある」
「なるほど……つまり、今の所当てにできないわけか…….」
……流石鈴木だ……
言おうと思ったが飲み込んだ。さっきの雅樹の言葉を根に持っている。
「困ったままか……」
「えっ?お前も困ってんの?」
圭吾がニヤリと笑って聞いてきた。
「困ってんのさ」
雅樹は冷ややかに圭吾を見つめて言った。