迷い込む 彼方と此方の境目 其の三
いつの間にか梅雨が終わっていた。
……梅雨明け……
的な感覚がないままに、テレビで梅雨明けを報じられる。
……えっ?いつの間に?……
とか思うのも、梅雨明けの恒例感覚となっている。
考えてみれば、梅雨に入るのも気象庁が宣言するから“梅雨”になるわけで、明けるのも宣言されなければ“明ける”事にはならないのも道理か……。
……あれ?なんか変だぞ……
こんな事を考える筈がない圭吾が、凄く屁理屈な事を考えて、言葉すら使った事のない“道理”で納得している。
これは絶対緊急事態ってヤツ?
……と、思う事が緊急事態だ!
そう思いながら、ちょっとフワフワした感じで家に着いた。
「お帰りなさりませ……」
いえもりさまが丁寧にお出迎えしてくれた。
そこはわきまえている奴だから、最近はいえもりさまが家の何処に居ようと、圭吾以外の人間に見つからない様にしているので、気にしなくなっている。
……それも果たしてどうかと思うのだが……。
「ああ、ただいま……」
「若、お疲れでござりまするな」
「そうなのよ。梅雨が明けたとか言われた途端、急に暑くなったからかな?ボーとしちゃって…….。今日なんか駅の階段で河童とすれ違って挨拶された……」
「若……若……」
ボーとしているから、いえもりさまが慌てて呼んでいるのに、気づくまでに動作が鈍い。
「えっ?」
「聞き捨てならない事を、申されておいででござりまするが……」
「へっ?」
「誰とすれ違われましてござりまするか?」
「河童……」
「か……河童さまにござりまするか?」
「かっぱ……」
「若!これは一大事にござりまする。第一に若の口から河童さまの名が出てまいる事。第二にそれを気にされぬ事。第三に私めがこうして騒いでおりまするのに、その落ち着いたご様子……一大事にござりまする!」
「へっ?なんか……最近ふわふわしてて、真昼間から色んなのに会うんだが、何故だか気にならん」
「た、例えば?」
「河童だろ?狸的な?狐的な……なんか……ぼやけてんだよね。……で、話しかけてくる……ていうか、挨拶してすれ違うんだよね。ああ……前にも見たな、真っ黒クロスケ……」
「わか!何時からにござりまする!」
「うん?何時からだろう?兎に角梅雨が明けて暑くなってから……」
「若……それはもはや、行かれておいでにござりまする」
「何処に?」
「彼方にござりまする」
「はあ?いえもりさま、俺は絶対大丈夫って言ってたよな?行ったって気づかない内に帰って来るって……」
「さようにござりまする。ゆえに若は、お気づきにならなかったのでござりまする」
「はあ?俺がこの状態を気づかなかったって?」
「さようで……」
「…………」
圭吾は腹が立って何かを言いたいのだが、全くもって言葉がでない。
「と……とにかく一大事にござりますれば、金神様にご相談を……」
「……って、待てよいえもりさま、マジ大丈夫じゃねぇの?知らない内に出れるんじゃねぇの?」
「何時もなら……何時もならば、そうでござりまする。しかしながら……」
「はあ?しかしながら……なに?こうしてボーとしてたら出れるんじゃねぇの?」
「今日はご様子が違いまする。とにかくお待ちくだされませ」
「え〜今日は……って、昨日迄は大丈夫だったのか?」
いや、そういえばここの所、何だか周りが薄く見える感じだった。
本当に何かの境目が無くなったかの様に……。
不思議とも変だとも思わなかった。
確かに奴等は、気づかないのか普通に挨拶してすれ違って行った。
今日も駅の階段で、手摺り越しに
「おばんでやんす。暑うござんすね」
と、河童が言った。
……???……
河童なのか?確かに河童なのか?
姿をはっきり見た訳ではないのに、だけど確かに河童だと確信した。
だから河童だ。
「マジか?……」