迷い込む 彼方と此方の境目 其の一
ジメジメとした、梅雨の湿気に嫌気がさし始めた頃、圭吾は久々に母親と夕餉を取っていた。
父親は相変わらず忙しく、毎日の仕事になんだか最近は、やり甲斐を見つけてしまったようだ。
余りに欲がなく、まったりとした生活を送っていただけに、母親は有難いと思う反面、身体の心配をしている。
まあ、我が家の婿(婿養子ではないが)としての勤めを果たさせられているのだから、寿命が縮む事があっても、今すぐどうこうなる事はない……。と思う。
母親の大好きなテレビ画面には、都市伝説や未確認生命体等の特番が映っている。
それに箸を動かす手を休めて、食い入るように見入る母親。その奥の部屋には、もはや指定席となっている神棚から、いえもりさまが大きな目をギンギラに輝かせて見入っている。
地元のマサイ族と異名を取る圭吾だからこそ、神棚にちょこんと座って見ている、小さないえもりさまの表情を見て取れるのだろうが、普通の人間ではいえもりさまがいる事すら解らないだろう。
「こんなの見てると夜眠れなくなんだろ?」
「そうなのよ、トイレ行くの怖いけど……でも、なんか気になるじゃない?」
母親は、実のところちょっと〝持っている〟
〝持って〟いるが、自分で気づかない。
いや、ちょっと持っているから自分で拒否れるのやもしれない。
……とにかく、恐怖心の方が先走り拒否っているから、自分が〝持って〟いる事を気づいていないらしい。
だからホラーものなどは余り見ないのだが、未確認ナンタラや都市伝説的な番組は、興味があるらしい。
そういえば、死んだばあちゃんは、UFOを信じていたみたいだから、その影響もあるのやもしれない。
「口裂け女とか信じてんの?」
「口裂け女はいないと思うけど、トイレの花子さんはいそうな気がする」
「げっ?マジで?」
「なんかトイレにいると、上から下から手が出てきたり、覗かれてたりしそうじゃない?」
「マジかー」
「えっ?圭ちゃん気しないんだ?」
「しない!」
「凄いきっぱり言い切るんだ……」
なんだか、それが悪いような気がする程までに感心されてしまった。
見るといえもりさまも神棚の上から……。
「嘘だろ……」
呆れたような表情でこちらを見ている。
……何だか、最近の奴めは若主人に対する態度が、横柄になっているように感じるのは、自分だけだろうか?……
「いえもりさま……テレビ見ている時、若主人である俺様を馬鹿にしてたろう?」
「わ……若を馬鹿にするなど……ありえませぬ」
そのありえませぬは、どう聞いたところで、馬鹿にしていると言っている。
圭吾は自分の部屋でベットに横たわりながら、天井に張り付いているいえもりさまに問い詰めた。
「口裂け女やトイレの花子さんはいるんですか?」
圭吾がムッとして言った。
「若……あのもの共は、名を変え姿を変えて、永きに渡り人間共と伴におりまする」
「げっ!マジか?」
「マジにござりまする。口裂け女さまもトイレの花子さまも、昔は違う名で呼ばれておられました……はて?なんだったか?余りに呼ばれ方が変わるので、ご当人も覚えておられぬとか……。まあ、名を付けて騒いでおるのは人間共でござりまするゆえ……」
いえもりさまは、不気味に微笑んで言った。
「あー猫にゃん様的な?」
「さようにござりまする。彼方さま方もめんどくさいので、エリザベスとかマイケルとかにしようかと……」
「げっ!マジで?」
「冗談でござりますますよ、じょうだん……」
もの凄く腹立たしい感じに、いえもりさまが笑った。
「お前マジで俺様を馬鹿にしてるだろう?」
「この私めが若を愚弄するなど、ありえませぬ」
……ゼッテー馬鹿にしてる……