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彼岸 知己さまのお願い事 其の五

 会場が暗くなって、暗い状態のうちに音楽が会場を流れたー。流れるーという言葉が当てはまる。

 暗闇の中、馴染んだ目は舞台の上で蠢く、薄っすらと浮かび上がる物影を映し出し、鼓膜へと刺激を与える音楽が、幻想的な瞬間を、より一層非現実な世界へと誘う役目を果たしている。

 現実と幻想が入り乱れて、何処にいるのだろうと錯覚を与える。

 暫くしてー。

 照明が舞台だけを明るく照らした瞬間、柑橘類の面々がてんでに楽器を弾いて立っていた。

 いったい何処から姿を現したのか?不思議な気持ちと、不思議に感じない気持ちが交差して、幻想の世界へとのみこまれていく様だ。

 柔らかく澄んだ歌声が、楽器の奏でる音と相俟って、鼓膜を揺さぶり、観客の脳に錯覚を与える。

 現実と幻想の世界が錯綜し、より深く不可思議な世界へとはまって行く感じだ。


「なりませぬー」

「!!!?」

「今行かねばー」

「此のように妖気の強い所、我らではけして太刀打ちはできませぬ」

「そのような事わかっておりまする。がしかし、ほれ直ぐ目の前に主さまがー」

「なりませぬ!なりませぬ。どうか此処の所は私めに免じて、ご辛抱なさりませ」

「いやいやー」

「ちょっと静かにしてくんね?」

 周りが歓喜と興奮に、いえもりさまと知己さまどころでは無いからいいようなものの、知己さまは圭吾のジャケットのポケットから身を乗り出し、それを押しとどめ様とするいえもりさまが、知己さまの体の割合からしては長い胴体にすがりついていた。

「舞台には魔物が棲むって言うからね」

「げっー!おかん」

 流石に知己さまも意地を張らずに、いえもりさまに引き込まれて、ポケットに身を隠した。

「あっ……とうとうばれた?」

「けいちゃんでも、そんな事知ってたんだ?」

「えっ?」

「舞台に魔物が棲む事よ。凄いじゃん」

「へへへ…。常識常識」

 兎に角取り繕うように、的の得ない事でも口にする。

 だが無頓着な母親は、圭吾が興奮して何かを言っていたものと思ったようだ。

「ほら」

 母親はすかさずペンライトを圭吾に渡した。

「買ってたのね」

「コンサートの醍醐味は此れと団扇でしょ?だけど、この人達団扇は無いみたい」

 辺りを見回すと、何色かのペンライトが歌に合わせて揺れている。

 圭吾も周りに合わせてペンライトを左右に降った。

 古関はかなりのファンなのか、指定された席は思いのほか前の席だったから、周りの熱狂的なファンに合わせていくのは、かなり無理をするが、母親はノリノリの所為か、とても頂いたチケットで此処にいるとは思えない程に、多分ファン層の中の上位に位置するこの席の周りの人々と、信じられない程同化して、一体化している。どころか、隣のファンと交流している様子は、流石と脱帽する他ない。

 ペンライトを振ったり、歌に合わせて拍手したり、飛び跳ねたり、体を動かす事までー。

 以外とコンサートとは忙しいものだ。此れが一体感というものか、だとしたら、かなりの一体感を持って、最終迄持っていく。流石はプロであり、ファンを飽きさせない演出は、また来たいと思わせる術を知り尽くしている。

 いろんな事に無関心な圭吾ですら、フィナーレを迎えた頃には、以前にも増してファンになっていたし、又来たいと思っていたりしている。

 拍手が湧き、リズミカルな拍手がアンコールを要求するが、じきに拍手はなりやんで、アンコールが無い事が素人の圭吾にも理解できた。

「アンコール!アンコールってやつ……。無いのね」

「無いね」

「私が若い頃行ったコンサートは、アンコールあったのに」

 母親はかなり不満な様子だ。


 人々が一斉に同じ所へ向かって流れるから、出口迄行くのに時間がかかる。

 人混みに押しやられていく内に、長年人生を生きて図太くなった母親はどんどん前に行き、まだまだ遠慮がちに生きている若い圭吾は、どんどん置いて行かれてしまう。

「!!!」

 出口へ流れる人波を外れ、母親は真っ直ぐ突き進んで行く。

 誰も行こうとしない真っ直ぐな先ー。

 薄暗くて誰一人といないその先ー。

 そんな所ってあったのか?と思う先ー。

「おかん!おかん!」

 やっとの事で圭吾が人波を外れて母親を追った時には、だいぶ距離が空いていた。

「おかん!何処行く気だよ?」

「えっ?」

 母親が止まって圭吾が近づくのを待った。

「何処行く気だよ!」

「何処ーって」

 母親は先に有るドアを見つめた。

「ほらあの人ー」

「誰?!」

「ほら、今入って行ったでしょ?」

「はあ?」

 薄暗くぼんやり見える、はっきり見えないドアを指差した。

「あの人がー」

 母親は口ごもるように何かを言っているが、何を言っているのか聞き取れない。

 しかし、母親がそのドアへ行こうとするので、圭吾は仕方なく従った。何故なら、今迄居た人波の流れる出口への行列すら見えなくなっていたからだ。

「でたよでたよ……。やっばなー。こんな事だろうと思ってたけどさ」

 薄暗くはっきりしない場所を、ぼんやりとしか見えないドアに向かって歩いていきながら、愚痴が出る。

 行き交う人も、スタッフも、警備員もいない。あんなにコンサート会場にいたのにー。

 不気味な静けさが続く。あんなに人々のざわめきが聞こえていたのにー。

 今は何も聞こえない。圭吾と母親の歩く 音すらもー。

 薄っすらとして消えそうなドアノブを、母親は不気味とも思わない様子で手に取って回した。

 ドアの隙間から少しの明かりが見えたと思った次の瞬間、パー!っと急に目が眩む程に明るくなって、周りに広がった。

 そして音が、鼓膜が吃驚する程の大きさで耳を襲う。


 暫くして目と耳が慣れてくると、人々が行き交っているのがわかった。

 見回せば何処かの建物の一画だという事を理解した。

 天上には大きく明るい照明が並び、人々が幾つかの部屋を行き来していた。

「お疲れした」

 声がすると同時に部屋のドアが開き、中から若い男が出て来た。

 Tシャツが目を引く。柑橘類のスタッフが着ていたTシャツだ。

「えっ?ええ?」

 ドアの隙間から中を覗くとやっばり柑橘類ー。

「えっ……。此処何処だ?」

 圭吾は当たり前だが、状況を把握できない。

「あれ?おかんー?何処だ?」

 母親がいない事に気づいたのは、少し時間が経ってからだ。

 悪寒とちょっとの震えを覚えながら、辺りを見回していると

「いえもりさま?」

 黒い影が、圭吾のポケットから驚く程の速さで、ドアの隙間へと入り込んで行った。

「若!私めは此処に」

 見れば、いえもりさまがポケットから顔を覗かしている。

「えっ?じゃ知己さま?」

 いえもりさまが、圭吾の肩へとよじ登って来るのを感じていると

「おい、大丈夫か?」

 中から大きな声がしたので、慌てて覗き込む。

「知己さま!」

 知己さまが、古関が長年ファンだといっていた、茂木の首筋に噛み付いていて、茂木は首筋を押さえて倒れ崩れている所だった。

 柑橘類の他のメンバーが、慌てふためいて茂木の周りに集まった。

「知己さま、何をー」

 圭吾が呆然としていると、肩の上にいたいえもりさまが、すかさず飛び下りて部屋の中に入り込んだ。

「しっかりなされませ」

「ああ……」

「気を確かになされませ」

 知己さまは、何故かぐったりとして、いえもりさまに抱えこまれながらドアの側へと近づいてくる。

「救急車」

 誰かがそう叫ぶと、部屋の外に居た人々が騒然として、部屋の中に飛び込んで来た。

 圭吾はどさくさに紛れて、知己さまといえもりさまを確保すると、バスケで培った瞬発力で部屋を飛び出した。

「なんなんだよ!これー」

 知己さまを見れば、ぐったりして身動きひとつしない。

「なんなんだよいえもりさま。マジやべえじゃん」

「ー悪しきものを、退治いたしましてござりまする」

「意味ふだし……。なんなんだよ」

 圭吾が少しパニクり始めていると

「圭吾!」

 母親が廊下の先で名を呼んだ。

「何処行ってたんだよ!」

「こっちが出口だって」

「えっ?」

「あの人がー」

 圭吾が母親の指差した方へ顔を向けると、見たこともない中年の男性が深々と頭を下げていた。

「誰あの人?」

「さあー?」

「マジかよー」

「なんか、大事なもの護ってもらうのに、運んでもらうものがあるんだつて」

「大事なもの?なにそれ?」

「さあ?」

「護るーじゃなくて、逆じゃねえの?」

「うーん?………護るって言ってたよ」

「いやー、おかん耳悪いし」

「失礼な」

 母親はムッとしてお冠だ。

「でたよ……。俺運びややらされてんの?誰にだよ、マジかよー」


 騒がしく人々が叫ぶ声を尻目に、圭吾は母親に導かれて走った。

 こんなに、あの母親が走れるものなのかと思う程、母親は軽快に走っている。


 圭吾はポケットに手をやり、いえもりさまと知己さまが中にいる事を確認した。

  知己さまが茂木に噛みついている光景が浮かんだ。


「知己さまー。茂木さんに噛みついてたけど、殺そうとしたわけ……ないよな、ないない」

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