交霊 新米霊能者 其の五
「〝日出ずる国〟の民の我々は、全てにおいて神が御座す事を知っていた唯一の人間だ。確かに神々は、人々の信仰を糧とされているが、決してそれを喰って存在しておられるわけではない。まして、人間の開発や自然崩壊が神々を追いやったり、存在を脅かせるわけでもないし、そんな事がたかが人間如きにできるわけもない。たとい今迄あった道祖神や地蔵や社、祠……神々に対する敬いの証となる物が無くなろうと、神々はこの世の至る所に御座して、太古と変らぬご自身の務めを果たしておいでになる。神々の務めとは、決して我々人間を守る事ではない」
「つまり、至る所に御座す神々様は、今も至る所に御座すって事ですね?たとい、今の人間が祀ったり崇めたりしなくても?」
「流石は私が見込んだだけの事はあるね。実篤様を使う事もでき、話しを理解するのも早い」
「いや……。実篤様の件だけいえば、〝運〟としか言いようがないかな?とても〝強い〟ものを持っている人間がちょっとマヌケだったのが幸いした感じ?」
「はは……君の言うような人間がいるとしたら、一度会ってみたいね……まあ、それはそれとして……。此処に御座す神々とは、永きに渡ってお護り頂くお約束を頂いている、その証として私のような者が誕生し、神々の意向に沿うようにしていかなくてならない。例えば、君が実篤様を使って私の依頼を全うしてくれたように……」
「えっ?つまりあれって、僕を試したって事?」
「まさか!君はその能力でやり遂げると思っていたよ、ただ、私の想像以上の結果を見せつけたって事かな?」
「あっ?つまり僕って墓穴掘ったって事か?」
「墓穴?」
「はは……いや……マヌケな友人の関係者が使っていた言葉なんだけど……」
「ちょっと使い方が違わないか?」
「いえ……僕も聞いた時にはそう思ったけど、当事者となってみるとこれが一番当たってる」
「………」
「はは……特に神々様に関係したとなると?」
雅樹は再び、この場には似つかわしくなく、楽しげに言った。
「正直、僕が実篤様を見つけられなければ、きっと僕は此処に呼ばれていない……でしょ?つまり、僕は会わない方がよかった相手を見つけちゃったわけだ?」
「それこそ……君の〝運〟ってやつだ」
「チッ、参ったな……田川をマヌケだと嘲笑してたけど、僕も一緒って事か……いや……」
雅樹は真顔を作って斗司夫さんを見つめた。
「僕が田川の〝力〟に巻き込まれたのか?神様の意向……?だから実篤様は、お力をお貸しくださったのか?」」
「……となれば、相手はかなりの〝もの〟を持っているね」
「……ああ……彼の背後には……いや違う。彼には多々の〝もの達〟が関わってる。それは、力の小さいものから、測り知れない程の強神まで……」
「なるほど……確かに、あの実篤様が正体を明かされて、お付き合いをされてる程の者なら、それ相応の〝もの〟を持っているはずだね……実に興味深いな」
「まして、〝それ〟を自覚していない……」
「それはまた……神々は〝無知〟な人間を好まれるからね」
「無垢の間違いだろ?」
「見解の違いだね……どちらも、神様はお好みだ……」
斗司夫さんはそう言うと含むように微笑んだ。
雅樹はそれを見て、本当に面白そうに笑みを浮かべた。
星々が煌めき輝く夜空に、以前病院の真上に見た月のように、白く大きく丸い月が浮かんでいる。
雅樹は斗司夫さんの家にあった一升瓶の酒と粗塩を、昼間見た大木の周りに、傍らで斗司夫さんが唱えている呪文、祝詞、経ともつかない言葉を真似ながら撒いていく。すると地に落ちた酒と塩が、白く靄の様に天空へと舞い上がった。
それが、白く大きな丸い月に吸い上げられているようで、とても綺麗だ。
月に人類が到達し、地球の回りには衛生が無数に浮かんでいて、宇宙に探索機やロケットが飛んでいるというのに、なんとも神秘的で非現実的な美しさだろう……。
今夜の月の美しさには、現実と称して写真で見る、あの月の表面の凸凹や全然美しく感じさせない、月の正体などが嘘のように思われる。
月の〝本当〟が今この天空の夜空を照らしている〝美しさ〟だと思わされる。
雅樹は段々と、この奇妙で不思議な世界と感覚に酔いしれるように、斗司夫さんの家にあった香を焚きながら、斗司夫さんの唱える言葉を真似る。
大木の周りを香の煙でいっぱいにしながら、雅樹は斗司夫さんの真似ではなく、自分の言葉で唱えるようになっていた。
そして雅樹は陶酔しきった意識の中で、大木の先の谷間に煌々と輝く光が宙に浮いて此方に近づくのを見た。