交霊 新米霊能者 其の二
雅樹は病院を背にして、交差点を渡った。
今まで歩いて来た国道を挟んで、反対側の歩道に立った。
……此方側を戻った所で、あの国道の下の家々がある場所には行かれない事はわかっているから、引き返す気持ちにはならない。
暫く国道を挟んで、病院側ではない所から病院を眺めて考える。
月が白く輝いて真丸に大きく、病院の真上に登っていた……。
今までに見た事もない程に大きくて、そして真丸な月……。
そんな美しい月が真っ白に輝いて、今でもあの夜の月の美しさを忘れる事ができない。
「僕はもうじき死んでしまうのだろうか?」
雅樹が眠り続けながらそう思う程に、本当にあの夜の月は綺麗だった。
打って変わって、目映い程の日差し輝く秋空を眺めながら
「僕はまだあそこに居るんだな……」
と思う。
未だに現実には戻り切って居ない……。
眠り続けていたあの時のあそこに居続けている。
それは何時まで続くのだろう?
あの日……。あの人が目覚めさせてくれてから、今迄に無かった〝もの〟を手に入れてから、ずっとずっと続くのだろうか?
雅樹はそう考えた瞬間我に返ったように、見入っていた病院から視線を逸らして、信号機の先にある左に折れる脇道を目敏く見つけて歩きはじめた。
入院していた時は無論外など出て居ないし、退院の時には父が車で迎えに来てくれたから、この辺りを散策する事などなかった。
目を覚ます事なく眠り続けていた時に、偶に外に出ていたのか、先程の〝美しい月の思い出〟のようなものが有るのだが、それが夢だったのかどうかは、はっきりとしていないし、ふっと今の様に脳裏に浮かんでくる事がある。
それは夢の様でもあるが、生々しく感慨深い様でもある。
病院の周りには多少の飲食店とコンビニがあったが、脇道に入って歩き続けると、人家と畑と林が続く……。
その車がやっと一台通れる程度の道を歩いていると、三俣に辿り着いた。
雅樹は迷う事なく左に折れる道を歩いて行く。すると、竹林が現れてその脇道を行くと、目線の上に国道が浮かんでいるを見つけた。
「あった……」
呟くと国道を頭上に雅樹は歩き続け、そしてずっと見ていた〝国道下の家々〟の家の前に立った。
国道の真下に見える大きな家……。
旧家の屋敷の様に大きくて立派な佇まい。
その家前には道があり、その道を隔ててあんまり広くはない畑が、手入れされて在った。
幾種類かの野菜が畑の端に成っていて、中央には大木が青々とした葉をつけている。
「ここだ……」
国道沿いの道から眺めた大きな古い家と、道を隔てて在る畑と、畑の隅にひっそりと成っている作物、そして畑の真ん中に存在する大木……。
その畑の奥に広がる竹林……。その竹林は、国道沿いの道から眺めるよりも、遥かに遠くまで拡がっていて、〝もしかしたら……〟と想像していたように、遠くの方は谷のようになっていた。
大空を羽搏いた鳶が降りて行く姿を見た時に、あの先が谷のようになっているのでは……と想像したのだが、想像が当たっていた満足感を覚える。
「見かけない人だけど、この辺りにご用でも?」
家の中から雅樹を見つけた家人は、不審そうに声をかけてきた。
「ええ……」
「この先に十軒も家なんてありませんよ」
「……そうですか?この上の国道沿いを歩いていて、いつも此処を見ていたので、ちょっと気になって来てみたんです……」
「まあ?物見高い事……」
「は?」
「いえいえ……。こんな家も少なく、何もない所にわざわざ来なくても……」
「ええ……本当にそうなんですがね〜ちょっと前まで、この先にある救急病院に入院していたもので、なんて言うか……暇なもんですから……」
雅樹はそう言うと、大学生にしてはあどけない笑顔を見せた。
家人はそんな雅樹に興味を持ったのか、縁側のある大きな家から出て来た。