授る 新米霊能者 其の八
鈴木雅樹は交差点で事故に遭って、先に在る救急病院に搬送された。
大学に入学したその年の夏の事だ。
念願叶って希望した大学に入学し、友達もできて新たな生活に慣れてきた頃、友達の車に乗っている時に、あの交差点を曲ろうとして対向車と衝突して、助手席の鈴木雅樹が重傷を負った。
「助からない」
最初は医者に言われたが、命は取り留めた。
命は取り留めたが、植物状態……というのか、意識は戻らずにずっと寝ていた。
毎日のように母親の泣く声を聞いていた。
聞いていたが、目を覚ます事はできなかった。
或る日鈴木雅樹は、聞いた事も無い男の声で目を覚ました。
父でも無い医者でも無い……。
だが、医者ですらできもしなかった〝目覚めさせる〟事ができる〝人〟……。
男は五十歳くらいの、ちょっと神経質で痩せた感じの男だった。
「僕を助けてくれたんですか?」
「いや……。君を助けるなんて、私にはできない……」
痩せた男は腕を組んで、横たわる鈴木雅樹の枕元に立って言った。
「君の寿命はまだあるんだ……。それを私は頂きたいが、残念な事にそういう事はできないから……」
男は神妙に言ったが、そんな言葉を聞いても不思議と恐怖はなかった。
「君には寿命がある…….。だがその寿命は、ずっとこのベッドの上かもしれない」
「僕はどのくらい生きられるんです?」
「さあ?それはわからない。五年か十年か三十年か…….。そんな事が人間に計り知れるはずもない。だが、君を目覚めさせる事はできるんだ」
「運命なのに?」
「運命……。確かに産まれ持ってくるものはあるが、たぶん運命とやらは決められたものではないな」
「僕が事故に遭って、こうなるのが運命じゃないって事ですか?」
「それはたぶん違うな。これはアクシデントだ。偶々事故に遭い、偶々君が助手席に座っていた。助手席の君ではなくて、運転手の友人がなっていたとしてもおかしくない……違う人間でも構わないくらいの些細な事だ」
「………」
「だから君を目覚めさせる事ができるんだ。これが私の様に、天が決めた事なら無理だけどね」
男は鈴木雅樹をじっと見つめて言った。
「寿命なんだ…….それこそ、産まれ持ってきたものだからね……」
そう言うと、とても悲しげな表情を作った。
「君を目覚めさせる代わりに、願いを聞いて貰いたいんだ。私には娘が居てね、彼女には寿命はあるんだが、それこそ君の言うところの運命ってやつか……。重い病気にかかっていてね、元気にしてやるには、悪い所を取って替えてやらなくてはならない……」
「それはあなたができる事?」
「悪い所は小さくしたり、次第によっては取り除く事もできる……だが取り替える事はできない」
「……移植って事?」
「我々でいうところでは、そうかもしれないが……」
「移植なら、お宅が死んだら娘にすればいいか……???」
「やっぱり君は勘がいいね。私はちょっとした能力を持っていてね、それを君に授ける代わりに君は目覚める事ができる。しかし、目覚めても今迄の様な生活はできなくなる。そして私が依頼する事を、やり遂げて貰わなくてはならない」
「お宅の娘の悪い所を取って替えてやる……って事?その能力を使って?……いや、できないって言ったよね?」
「流石だ。最後に私が見込んだだけの事はあるな……。娘の悪い部分を、私のものに替えてやりたいができない。だけど、どうしても取り替えてやって欲しい、君の体内に入れておくから……」
「どうやって?」
「それができる〝もの〟を探して欲しいんだ。私がもう少し生きられたら探し出せたろうが、最早それは叶わない。それが心残りで、こうして君に頼みに来てる、どうか頼むよ」
鈴木雅樹は、身を起こして痩せた男の手を取った。
それから暫くして、鈴木雅樹は目を覚ました。
両親は大喜びをし、担当医は何度となく検査を繰り返したが、その表情は安堵の表情だった。
そして、最新式の医療機器ですらわからない、鈴木雅樹の変化があった。
ひとつは、今迄気がつかず見れもしなかったものが、彼の周りに現れた事……。
そして、彼の鼓動がふたつに感じる事……。
あの男が雅樹に託したものだ。