授る 新米霊能者 其の三
さて……。
夢は毎日のように見ている。
そして、内容は同じで目覚めると覚えている。
その鮮明さが日を追うごとに鮮やかとなり、現実との堺が解らなくなってしまいそうだ。
賀茂はそんな圭吾に、その〝夢の交差点〟へ案内するように言ったが、他力本願な圭吾が行き方を覚えているわけもなく、結局こんな状況を作った張本人という事で、松田が案内役として同行する事となり、何故か小神様のご要望でいえもりさまも、久々のお出かけと相成った。
たぶん、世間の皆々様はご存知ないと思うが、道中の車内はいえもりさまと小神様で、それはそれは賑やか……五月蝿いくらいだが、世間様に迷惑をかけないという事だけは、こいつらの利点というべきだろうか……。
偶に気がつく輩がいるが、そいつらもそこそこ利口だから、決して不思議ものに対して騒ぐ事はない。
反対に表情の変化が現れる者や、変化を堪えるものがいると、こっちが可笑しくなる事があるが、やはりこちらとしても知らぬ体を作って、決して同行者である事は表に出さない。
「私め本に嬉しゅうござりまする」
圭吾の肩に乗って車窓を眺めながら、いえもりさまは何故か隣に座る松田の肩車状態で、はしゃいでおられる小神様に言った。
「本に楽しいの……」
「さようで…….。私めなど、なかなかお出かけなどできぬ身なれば、誠に誠に嬉しゅうござりまする。電車は幾度か経験がござりまするが、バスは初めてにござりまする」
「そうかそうか……我はよくこの者と乗車致すが、何せ独りではつまらぬ」
「人間とは外に出ますと、私め等を相手にしてはくれぬものにござりまする」
「いやいや。この者はそういう事はないのだ。反対に普通に喋るから困りものなのだ」
「どうしてでござりまする?お話相手になるのならば、退屈な思いはいたさぬかと……さすがは小神様がお側においでのお方にござりまする」
「いやいや……そうもいかぬが、現生の面倒な所である」
「はて?」
いえもりさまは小首を傾げて、ちょっと物思いの小神様を見つめた。
「我に気がつく者は、其方達よりも霊達よりも少ないのだ。故に我と楽しげにしておると、ちょっと怪しい者となるであろう?」
「あ……」
いえもりさまは、小神様の憂慮を理解して頭を垂れた。
「さすがは小神様にござりまする。護るべき者に優しきご配慮」
「いやいや……余りにこの者が天真爛漫であるは、実に愛でる所であるが、無防備すぎて憂慮すべき所である……」
「ご推察もうしあげまする」
「うむ……。然しながら今日は其方がおるから楽しいの……」
「なんと身に余るお言葉でござりましょう……」
いえもりさまは余りの感激に、圭吾の肩の上でふるふると身を震わせている。
いえもりさまの気持ちも解らぬ訳でもないが、感激過ぎて身を震わせられても、乗せている圭吾にしてみれば、身体が動いてうざったいもいい所だ。
圭吾が不満げにしかめっ面をしていると、隣に何知らぬ様子で走り去る外の景色に目をやっていた賀茂が、嬉しそうに圭吾を見た。
「田川は毎日楽しそうだね」
「……わけねぇだろ?」
「いやいやどう見たって楽しいだろう?」
確かに平々凡々をこよなく愛し、日々穏やかに過ごしていた圭吾だが、なんの因果かご先祖様の因果か、いえもりさまの存在を知ってしまった時から、楽しい……というより、騒がしいというか五月蝿いというか、面倒というか……兎に角、圭吾にとって不本意な日々が訪れた事だけは確かだ。
「賀茂……楽しい……というより、面倒っちい事ばかりだぞ、今回だって今まででは有り得ない事だかんな」
「……って、大体の人間は体験しない事だがな……」
「確かにな……お前とこうしている事自体あり得ん」
「おっ!それは失敬だな」
「いやいや……お前の正体を知って、お前に頼ってこうして話している事は、決して無いという事だ」
「確かに……」
「それと神系の松田ともこうしていない……まして、小神様の存在すら知り得ん」
「確かにそう考えると気の毒だな……」
「察してくれるか……」
「何が気の毒なんすか?」
圭吾が大きく溜め息を吐いた時、反対側に座っていた松田が脳天気に言った。
「次降りるっすよ」
松田はブザーを押すと言った。