土護り お宝様 其の終
ある日唐突に……。
本当に唐突に父親は
「裏の土地を買う事にした」
と、久しぶりに休みをとって家にいた父親と、三人で夕食を食べている時に言った。
「なに言ってんの?」
勿論母親の言葉は早かった。
「いや……今日不動産屋が来てさ。裏の土地を売りに出す話が、子供達の間で出てるって……」
「えっ?そうなの?」
うん……と父親は頷いた。
「……で、裏を売りに出す時は、うちに一言連絡を欲しいと、ばあさんが言っていたらしい……」
「えっ?嘘……」
母親は寝耳に水とばかりに声を大きくした。
「……だから、子供達に聞いた不動産屋が、うちに声をかけに来たようだ」
「うちにお金なんて無いわよ」
母親が恨めしげに吐き捨てた。
「いや……そうなんだが……ここの所働きづめに働いていたんだけど、今迄全くそんな事を思った事もなかったんだが、働きながらふと思ったんだ……」
「あなたは趣味の人ですものね……」
「いや……そうなんだが、急にこれだけ働くなら家を建て直すか、広げる事もできるかな……なんて、思ってた矢先なんだ……で、裏を買って広げようかと……」
「嘘……」
母親はまたもや素早く吐き捨てた。
「いいじゃん……俺も大学を卒業したら手伝うからさ」
「圭吾までなに言ってんの?あんたなんて、まだ先の話しじゃない?」
ローン嫌いの母親は、どうしても踏ん切りがつかないようだ。
もともと、じいさんばあさんの家に、年老いた両親を看る為に入ったから、家のローン……つまり大きな借金というものを、知らずに過ごしてきているから、ばあちゃんの遺言のようになっている
……連帯保証人にはなるな、と、借金して物を買うな……
に反する事だから、はっきり言って怖じ気づいているのがよく解る。
「かなり今回働いたからな……この状態はもう暫く続きそうだし……」
「……って事は、かなり景気がいいんだな?」
「おっ!さすがは圭吾、何故だか急にうちの会社が儲かり出した。創業以来初……っていうのは、言い過ぎだが、それに近い状態らしい……」
「えっ?そうなんだ?」
父親の会社は、そんなに大手ではないし、どちらかというとまったりとした会社だ。
バブルの時代にも、他に触手を伸ばす事もなく、そのおかげでバブル崩壊の後も、社員をリストラする事もなかったような、実に焦れったい程に手堅く経営をしている、今の時代には珍しい、昔気質の社長が意地をはっているから、昔気質の会社だ。
そんな会社だが、昨今のアジアの国々の発展に伴い、進出していた支店が業績を上げているので、とても忙しくなってしまったらしい。
業績が上がれば忙しくなり、忙しくなれば給料とボーナスが上がる。
……たんとご褒美が頂ける……
という事になる。
そうなると、やはり男の血が騒いだのだろうか?
圭吾に受け継がれた欲のないDNAを持つ父親が、事もあろうに裏の土地を欲するとは……。
いやいや……これはどう考えたって、〝いろいろなもの〟が動いているに違いない。
いえもりさま達、それ以上の力の持ち主であれば、如何様にも人間など動かす事は容易い事だろう……。
「裏の土地は、いずれ地続きになるようだよ」
「さようにごさりまするか?」
食後お疲れ気味の父親は、早々二階に上がってしまい、後片付けに母親が台所に立って、誰も居間に居なくなったのを見計らって、圭吾はこれから母親とドラマを見るべく、神棚で待機しているいえもりさまにご注進した。
「しらじらしいったら……」
「はっ?何をもうされまする……」
いえもりさまは、上手くしらを切るように言った。
「俺の将来も見えたようなものだな……」
「はっ?はは……若なにを……」
「まっ……就活は楽でいいかもな……いろいろなものが動いてくれて、死なない程度に沢山働けて、給料やボーナスもまあまあで、尚且つ辞めないくらい、人間関係の良い所に行けそうだもんな」
「それは勿論のこと……」
いえもりさまは嬉しそうに答えた。
「馬車馬のように働かされて、家を広げさせられるのか……」
「お頑張りくだされませ。この辺りは老人ばかりでござりますれば、若には父君さま以上に踏ん張って頂かねば……」
「げっ……マジか……」
「マジにござりまする……」
圭吾は知りたくなかった、自分の将来を知ってしまったように思った。
じきに裏の土地は圭吾の父親の物となり、地続きの地続き……と、それは恐ろしい事になりそうだ。
……下手をするとこの界隈は、友ちゃんと圭吾の子孫の物になるかも……
恐ろしい〝夢みたいな話〟は〝夢〟だけにしておいて貰いたいものだ。
最後までお読み頂きありがとうございます。
面倒くさがりな圭吾が、一生懸命働く姿を想像しながら、書くのは楽しかったです。
圭吾はまったりと生きて行けるのだろうか……などと思いながら、このお話はまったりと続いていきたいと思っています。
どうか宜しくお願い致します。