彼岸 知己さまのお願い事 其の二
知己さまがメソメソ泣いている。
以前いえもりさまが涙を流したのを見ているから、もう違和感は無いが、ずっと泣いているから圭吾も閉口する。
「どんだけ泣いたって、無理なものは無理!」
知己さまといえもりさまが張り付いている、圭吾の部屋の天井を睨んで言った。
「そんな事を言わずに、お助けくださりませ」
いえもりさまは、器用にも両手?前足?を合わせて見せる。
「あのものが、長き間会わなんだ私めの元に参りましたのは、余程の事にござります」
「だめ」
「私めを探すのも、今のあのものには大変な事にござります……」
「あのね……いえもりさま」
「はい……若主さま」
「知己さまが探してるという人は、たぶん柑橘類という名のグループの一人なの」
「お陰様にて、若さまが見つけてくださりました」
「いやいや。知己さまが知ってたし 」
「知っていたと申しましても、あのものがおりました所にチラシとやらがー」
知己さまがお守りしていたおうちが無くなっても、知己さまは空き地に身を潜めて、家族達が戻って来るのを待っていた。
知己さま達にとっては、一瞬に過ぎない月日が流れて、或る日知己さまは、主の子供が成長した姿を目にした。
それが今や、柑橘類という名を馳せている、人気音楽グループの中の一人なのだ。
そのグループが載っているチラシを見つけ、知己さまはどうしても会いたいという。
芸能界など縁の無い圭吾に、どうしろというのだー、の世界だ。
「今流れてる曲が、この人達が歌っている歌ね」
「素晴らしき曲でござります。流石は我が知己の主筋にござります……」
きも可愛い顔が、ちょっとドヤ顔になったのが笑える。
「いい!俺みたいな〝凡〟な人間は会えない人達なの」
今度は圭吾がドヤ顔をする。
「いかようにすれば、お会いできましょうか?」
「ふっ!まあ俺が有名になれば、会えるかもね」
「では、有名におなりくださりませ」
いえもりさまは、ムカつく程真顔で言った。
「何言っちゃってんの?なれるわけねえじゃん」
「若さま!以前も金神様にご注意されましたように、何事にもやる気を持たれないのが、若さまのお悪い所にござります」
「けっ!意味がちげーし」
言われ無くとも解っているし、〝それが自分のモットーだ!〟的なカッコウをつけてみてはいるものの、人?から指摘されるのは腹が立つ。
「!!!若も歌を歌ってくだされば、お会いできるやも?」
いえもりさまは、追い打ちをかけるように、無邪気な発想をして、圭吾を怒らせる。
「こーゆー人達になるには、努力とかだけじゃねえしー。確かに路上で歌ってた事もあるらしいけど、歌も上手いし、やっぱ曲と歌詞がいいわけ。つまり才能なわけよ。誰だってなれるもんじゃ無いの!」
「 それはやはり、我が主のお血筋にござります……」
知己さまが泣くのをやめて言った。
「知己さまー。まじ悪いけど、俺にはどうにもしてやれんから。もっと都合のいい友達を探した方が早いと思うぜ。ほら、あんた達がお守りする家は栄えるってー。有名になってる人がいるっしょ?」
「ーもはや、私めには探す力が残っておりませぬ」
「若さまー。私め共も力の弱る時がござります。その隙を突かれ、不運が入り込む事があるのです」
「丁度私めの力が弱った折りに、我が主の事業が傾きましてござります。あれよあれよと言う間に、如何様にもならなくなりました。主は家を売り工場を売りー。私めの姿を見ながら、自ら命を断ちました。私めはすぐさま主に飛びつき救おうといたしましたが、力及ばず……。主の死後、ご家族が何処へ行かれたかは、力無き私めにはわかりませなんだ。只々お帰りを待つ事しかー。じきに家は私めの目の前で取り壊されー。私めは守るべき家を無くしたのでござります」
「なんとなんとー」
いえもりさまが目を潤ませた。
「痛ましい事でござりましたな」
「不甲斐なきわが身を、呪うばかりでござりました。ですから、どうしても我が主さまにお会いしたいのでござります。私めが深き眠りにつく前に……」
……へっ?……
「さようにござりましたか……それは急がねば」
「さようにござります。急がねばならぬのでござります」
…時間が無いって事?それってー?もしかしてーもしかするやつっすか?…