不思議噺 あやかし病院へようこそ 其の七
しばらくすると、センターに待機している看護師とは別の看護師が、一弥の側にやって来た。
促されるままに再び入り組んだ廊下を、たぶん反対に歩いて行っている。
すると途中の『相談室』と書かれた部屋の前で止まった、
「こちらでお待ちください」
愛想よく看護師は笑うと、ドアを開けて中に促した。
机と椅子が二脚、そして机の上にパソコンが置かれてあるだけの、一弥の感覚ではとても狭い部屋だ。
たぶん医師が座るであろうと思われる方の、椅子を避けて座って待つ。
部屋は狭いが、救急病院の説明を受けた部屋もこんな感じだった。
同じ様にパソコンがあり、医師がデータを呼び出して症状を事細やかに説明してくれた。
その説明と転院の話しが出た時点で、母親の状態は一応落ち着いたものと思っていたから、ここへ来てからの状態は、狐につままれたような感じだ。
……狐につままれた?……
……もろ……もろそのものだ……
一弥はハタと気がついた。
……これこそ稲里……狐に化かされているって、やつなのかもしれない……
……とんでもないものに、憑かれてしまったかも……
一弥は再び疑心暗鬼に陥っていく……。
「お待たせしました」
ドアが開いて、先ほどの医師が中に入って来て椅子に腰かけた。
「担当医の四季です」
「川口です。宜しくお願いします……」
一弥が丁寧に頭を下げる。
「お母さんですね?川口春子さん……」
「はい……」
「出血をとめる手術が行われ、その後くも膜下出血に対する治療が行われたと思うんですが……。どうも経過が思わしくないんだよねー」
「……って言うと?」
「 意識ははっきりしないものの、覚醒?とかなんとかはできてるようだ……とか、意識がはっきりしないから栄養が取れない。だから鼻から栄養を入れて、はっきりと分かるようになったら、リハビリで食べれるような方向に、持って行こうと思うとか……」
四季先生は、パソコンのデータを見ながらぶちぶちと言っている。
「半分〝あっち〟に行っちゃっている者を、こんな変な物で食い止めたって、どうしようもないんだよねー本当のところ……」
「はっ?……」
「……もう、君も薄々分かって来ていると思いますが、お母さん半分〝あっち〟に逝っちゃってます」
「ええ?……先生!先生が何を言われてるのか、さっぱりわかりません」
「いやいや……分からない〝ふり〟をしているだけでしょう?」
四季先生はブォン?と狸の姿を現して言った。
「た……狸っすか……」
「またまた……稲里が狐だから、狸か狢あたりだと想像してたくせに……」
「あーいや……」
一弥は的が大当たりしたのと、恐れていた通りの成り行きに、パニックを起こしてフリーズ状態に陥っている。
「我々が見えているという事は〝あっち〟に逝っちゃっているって事くらい、とっくに予想がついていたでしょう?でもまあ……半分ですからね〜半分……」
「半分?」
「そう……半分。あと半分は〝こっち〟に居るって事だから」
「ああ……なるほど……」
と言ったところで、納得できてるはずもない。
「普通……その辺の病院で半分逝っちゃったらまず助からないけど……〝うち〟は半分〝こっち〟に居たら助かるから……」
余計に納得できてるはずはないが
……助かる……
という言葉だけは納得できた。
「た……助かるんですか?……助けてください……お願いします」
お決まりの文句だが、やっぱり言わずにはいられない。
「全てこちらに任せてください」
どこかで聞いた事のある言葉だが
「そうすれば大丈夫」
狸先生……もとい四季先生は大真面目に言った。
「疑念を持たずに全て任せてください!いいですね?」
「よ……宜しくお願いします」
一弥は、四季先生が狸だなんて事を忘れて頭を下げた。
「うん……ではね……」
狸先生は再びブォンと、白髪のちょっとダンディな四季先生に変身して言った。
「そうそう……。見舞い時間は八時までだけど、君はそれ以降も残っていていいよ」
「えっ?」
「僕達の治療は、夜に行うからね〜半分〝あっち〟に逝っちゃってる家族は、みんな許されているんだ。まあ……残る人はそんなにいないけどね……」
「ありがとうございます……宜しくお願いします」
一弥は再び頭を下げて、四季先生が部屋を出て行くのを見送った。