不思議噺 あやかし病院へようこそ 其の六
「あやかし病院ヘようこそ……」
受け付けで稲里を呼び出してもらうと、颯爽と化けた稲里がやって来て、一弥の前に立つと言った。
「ようこそ……じゃありませんよ……」
「全てお任せください……と申し上げましたが……」
悪びれる様子もなく稲里は言った。
「確かにそうは言ってましたけど……昨日の今日……っていうのは……」
「とにかくこちらに……」
一弥の言葉など、気にとめる様子もなく稲里は言って歩き出した。
「実は、お母様は大変危険な状態でしたので、少し無理を通しました」
「危険……って、救急病院じゃそんな事……」
「あそこじゃ解るはずはありません。所詮容態が急変した……という言葉で片付けられてしまうのが落ちでしょう」
稲里は狐顔を、より一層きりりとさせて言った。
……いや、稲里は〝きりりとさせた〟わけではない。
きっとその言葉が、今日はとても一弥には頼もしく感じられたから、そう見えたのかもしれない。
エレベーターで二階に上がり、右に折れ左に折れまた左……いやいや右?幾度となくカードキーでガラスの扉を開けて、入り組んだ廊下を歩いて行くと、ICUと書かれたドアの前に辿り着いた。
稲里が再びカードキーでドアを開けると、中から看護師が姿を現した。
「川口様のご家族の方です」
稲里が告げると看護師は大きく頷いて、一弥を見て中に促した。
一弥は言われるままに中に入って後に従う。
気がつくと稲里の姿はなかった。
「ここでマスクと消毒を……」
「ああ……はい……」
奥の部屋のドアを開けると、常備してあるマスクがあり、それを取って付けると、やはり常備してある消毒液を手の平に取り出して消毒する。
「ここへ来る時は、こうして中にお入りください」
「はい……」
一弥は素直に頷いて、再び看護師の後に従った。
白く広い空間にベットが点在して置いてあり、中央に看護師が数名常勤しているセンターがあった。
近くで遠くでピッピッピッ……と、医療ドラマでお馴染みの音が聞こえる。
そして、ベットに患者が全て寝ている訳ではなく、どちらかというと、一弥が思い描いていた〝そこ〟ほど患者の姿はなかった。
一弥が数えられただけで三人だけだった。
その中に一弥の母親の春子が、〝例〟のモニターの音をさせて横たわっている。
一弥が放心状態で立っていると、看護師が椅子を持って来て置いてくれた。
相変わらず意識のない母親の姿をぼんやり見つめていると、一人の医師が一弥の前に立っていた。
「川口春子さんのご家族の方ですか?」
「はい……息子です」
「今ちょっと危険な状態です」
「あの……くも膜下が悪化したんですか?」
「術後の経過が余り良くなかったようでねぇ……」
医師は軽くそう言うと
「大丈夫ですよ。その為にこちらに転院して頂いたんで……」
ぼそりと一弥に囁いた。
「ご心配なら側にいてあげてください……また後で……」
「あの……」
一弥が椅子から立ち上がって、呼び止めようとした時に看護師と目が合った。
「今の先生は?」
「今の先生?」
「今こちらに見えてましたよね……」
「ああ……四季先生……」
「四季先生?」
「すみません。何時も慌ただしい方なんです」
「え……でも……」
「後ほど詳しい説明をされるかと思います」
「あの人が担当医ですか?」
慌てるように一弥が言うと、看護師は資料を見て
「そうですね……四季先生ですね」
と言った。
テキパキと歯切れよく言われても……。
一弥の不安は募るばかりだ。