不思議噺 あやかし病院へようこそ 其の五
……しまった……
と、一弥は帰りの道すがら後悔している。
狐の稲里にいいように丸め込まれ、転院を承諾してしまった。
……これは妖達の術にはまったってやつだろうか?このまま母親が、あやつ等に持って逝かれたらどうしよう……
不安と後悔が一弥を襲って、一睡もできないまま夜が明けた。
仕事も手につかない……。
一弥は時間を見つけて田部に連絡を入れた。
「川口さんですか?」
「そうです……お世話になっています」
田部の電話越しの反応に、なんとなく違和感を覚える。
「あの……川口春子です。転院先の病院のご相談をしている……」
「はい……。繆假病院に転院された川口さんですよね?」
「あやかし病院ですか?」
「ええ……ご相談は受けていましたが、だいぶ前に転院されましたよね?」
「え?」
「あの……川口春子さんの息子さんですよね?ご相談されていた……」
「そうですけど……いつ転院しましたか?」
「だいぶ前ですよね……一週間……十日……確か息子さんがお出でになって、全て手続きを済まされていますよね……」
「あ……」
一弥は言葉を失って慌てて電話を切った。
……全てこちらにお任せください……
稲里の言葉が繰り返される。
「まじヤバイし……」
一弥は母親の容態が思わしくないと、病院から連絡があったと嘘をついて、早々に会社を後にして稲里の元へと急いだ。
田畑が続くその道を、最寄りの駅からタクシーで駆けつける。
「あやかし病院……」
そう言って一瞬一弥は、タクシーの運転手に分かるのだろうか?と不安を持った。
「ああ、繆假病院ですね」
「あ……はい。知っていますか?」
「知ってますよ……。確かに近くに新しい病院とかできてますけど、あそこもそんなに古い病院でもないし、地元の者は〝あそこ〟ですからね〜」
タクシーの運転手さんは気さくに答えた。
「そ……そうなんですか?なんか、評判はどうなんでしょうか?」
「評判ですか?」
「なんか怪しいとか……妖しいとか……」
「はは……名前が繆假病院ですからね〜……だからって怪しい話しは聞いた事がないなぁ……。あそこは、昔この辺の名主だった繆假さんって人が、税金対策で建てたって噂はあったけどね……それも本当かどうか……以前はあそこだけだったから、地元の者は本当に助かったって話しは聞いてますけどね」
「そうですか……」
一弥の様子がちょっとおかしいものだから
「身内のどなたか入院でも?」
運転手さんが聞いた。
まあ、おかしいと思われても仕方のない事を聞いているのは、一弥の方ではある。
「ええ……なんか無理やり……」
「無理やりですか?随分悪いんですか?」
「ええ……まあ……」
「悪いんだったら、お医者さんの言う事を聞いた方がいいですよ。あそこの病院は、そんなに悪い評判は聞かないし……」
「え?本当ですか?」
運転手さんは、病人の容態が良くないので、一弥の様子が変なのだと理解したらしい。
「本当ですよ。長い事タクシーの運転手やってるけど、あそこの病院の悪い評判は聞いた事ないですよ。地元出身者が多いから、よく見てくれるって聞きますよ」
親切になだめるように言った。
タクシーの運転手が話しをしてくれるから、多少不安感が和らぎはするが、やっぱり心は急いてしまう。
田畑が広がるその景色は、少しづつ青い景色へと変わって行く……。
畑に出て人々が仕事をしている姿も、なんだか妖のもののように思えてしまうし、鬱蒼と茂る深林は、青々と陽の光りに輝く表とは裏腹に、その奥深さの暗闇を想像させた。
駅から20分……。
あやかし病院はそこにあった。