不思議噺 あやかし病院へようこそ 其の一
その病院は田んぼや畑の続く中に存在る。
ど田舎という訳ではないがかなりの田舎だ。
病院のちょっと先には、国道も有って多くの車が行き来している。
………のに、周りは畑と田畑が延々と広がっていて、所々竹林が点々と姿を見せる。
〝かなり広いな〟と思わせるものもあれば、直ぐに通りぬけてしまいそうなものもある。
国道が近くに走る田舎……。
国道から遠退くと、不思議と昔懐かしい田園風景が広がって、田舎の風景が懐かしさと共に広がって行く……。
最寄り駅から車で20分……。
その病院は国道を外れるように存在った。
母親がくも膜下出血で救急車で運ばれて二ヶ月が経とうとしている。
初めはどうなるものかと、夜もろくに寝る事が出来なかったが、意識ははっきりしないものの、今は安定している。
そろそろ次の病院を探すように打診された。
………次の病院を打診されても、元気になって以前のように暮らせるものではない。
意識ははっきりしていないし、食事も口から取れないから、鼻からチューブを入れて栄養を入れている。身体に後遺症も残ってしまったから、どこまで回復するかわからない……。
……一体どうすればいいんだ……
川口一弥は途方にくれた。
母ひとり子ひとりでつましく、肩を寄せ合うように生きて来たのに、三年前に大学を出て就職したばかりなのに……。
仕事帰りに病院に寄って帰るのが、日課のようになった一弥が、母が眠るベッドの横の椅子に腰掛けてため息を吐いた。
「あのー」
病室のカーテンが微かに動いた。
ここは一般病棟の四人部屋。
カーテンで仕切られ、救急病院でもある為かベット回りの空間は広い。
それが、機械が入ったり看護師や介護士、理学療法士や作業療法士が入ったりすると、途端にこの空間がとても狭いものになってしまう。
……面会時間終了間際のこの時間に誰だろう?……
食事は六時頃だし、一弥の母親には関係がない。
看護師が体温などを計る検診は済んでいるはずだ。
あとは面会時間終了後、面会人達が帰ると、患者達の寝る準備が始まり、デイルームでテレビを見る者や、病院内を歩いて体力を回復する者もいるが、各自ベッドの上でテレビを見る者が大半だから、面会時間終了間際の時間帯は、かなり静かな状態だ。
もし看護師が用があって来たのならば、声などかけずに速やかにカーテンを開けるだろう。
「あのー」
「どなたです?」
一弥が立ち上がってカーテンを開けようとすると、微かに再びカーテンが揺れるように動いた。
「え?」
一弥は一瞬フリーズした。
「あっ!」
相手は初めて自分の失態に気づいて姿を変えた。
「…….今、き・つ・ね……でしたよね?」
「……とんでもない」
とても綺麗な女性に変身した、狐顔の病院スタッフが首を振るが、ユニフォームがちょっと違うような?
「いや……」
一弥は指摘するべきかまじまじと考えている。
彼女のお尻には、それは見事な尻尾が現れているからだ。
「ソーシャルワーカーの稲里と申します」
……まじ……そのものっすけど……
思わず一弥は突っ込みを入れている。
「次の病院は決まりそうですか?」
そんな一弥とは裏腹に、ソーシャルワーカーの稲里はしたり顔そのもので言った。
「いや……前にお話ししたソーシャルワーカーさんから、家の近くの病院に聞いて貰ってるんですけど……」
「そうですか?お近くで決めておいでの所があるなら仕方ありませんが……」
稲里はパンフレットが入った封筒を一弥に手渡した。
「何かの時には、こちらもご考慮にお入れ下さい」
「ああ……ありがとうございます…….」
「は?」
「なんか……どうしていいかわかんない事だらけなのに、ソーシャルワーカーさんに相談するように言われても、相談のしようが無いっていうか……こうなってこうしてこうだから……みたいに、いろんな選択肢を定義してくれないっていうか……途方に暮れてるっていうか……」
「どうしたらいいか解らなくて当然です。途方に暮れて当然なんです……ただの人間なんですから……」
稲里はそう言うと、くるっと回ってカーテンを出て行った。
出て行く間際に狐に戻っていた事は、見なかった事にしておこう。