彼岸 知己さまのお願い事 其の一
此処何年も咲かなかった彼岸花が一輪咲いた。
もはや咲き終えて、葉が青々と輝く躑躅と躑躅の合間に、真紅の花を覗かせて、それは目を引く美しさだ。
お彼岸に咲くから彼岸花、又は曼珠沙華と呼ばれるこの花を、縁起が悪いと嫌う人がいるが、圭吾の死んだばあちゃんは、とても好んだので、我が家の小さな庭に花を咲かせずにあっても、ずっと大事にされていた。
毎年葉しか見せない彼岸花は、あっても忘れられた存在だった。
いやー。仮令、花を見せていても、圭吾には花の存在すらも、気がつかなかっただろう。
そんな田川圭吾が、しみじみと一輪の花を〝美しい〟と思いながら、居間に寝そべりながら眺めている。
明日はお彼岸という日だった。
「ただいまー」
仏壇にお供えする、菓子や果物を買い込んで来た母親が、重そうに荷物を玄関に置いた。
「お盆は短いけど、お彼岸は一週間じゃない?果物が駄目になっちゃうのよね 」
母親は台所に荷物を置くと、お供えする物をお盆に乗せて、仏壇のある部屋に行く為に、圭吾が寝そべる居間にやって来た。
仏壇のある部屋と、居間はふすまを隔てて繋がっているから、だいたい襖は開け放たれている。何故なら、あの我が儘な曾祖父が、家族が多く居る事がある、居間に仏壇を置いて、自分が入るーと、勝手な事を言い残したからだ。
だがしかし、流石に居間に仏壇を置くのはー。と、これ又死んだばあちゃんが言って、隣のばあちゃんの部屋に仏壇を置き、寝る時以外は襖を開けて、家族といられるようにしたのだ。
仏壇を綺麗に拭いて、菓子と果物を供え、花を新しくする。
入りぼた餅の開け団子ー。というから、盆の入りはお萩を買ってきて供え、彼岸明けにお団子と何故だかうちは、巻き寿司か稲荷を供える。
お盆の時同様、仏様の土産だー。
彼岸ーとは。
本来、煩悩の多い圭吾みたいな人間が、六つの修行をして、悟りの世界ー彼岸に到達する事ができるという意味らしいが、今は彼岸会と呼ばれる法要や、ご先祖様への供養の事をいうようだ。
其処へうちでは、お墓参りができないので、何故だか仏様にお彼岸の間、3食お供えしたり、お土産をお持ち帰りして頂くーという、的外れな解釈がつけたされた。
それは曾祖母の時からだが、ご先祖様をご供養するーという趣旨には合っている。
「わかー。わか」
圭吾が考え事をしていると、神棚から声がする。
「!!!」
圭吾は今迄母親が、隣の部屋の仏壇を掃除していたので、慌てて仏壇へ顔をやる。
「やべえ」
母親は圭吾が気づかぬ内に、仏壇に供え物を済ませて台所へ行っていた。
「わかー」
「いえもりさま!やべえじゃん?なに?」
ぷんぷん怒りながら神棚に近づくと
「???えええー?いえもりさまが二匹いるんですけど……?」
圭吾は神棚に近づくとまじまじと覗き込んだ。
「いえいえ、若さま」
いえもりさまは、可愛く立ち上がって首を振る。
「こちらは私めの知己でござります」
「ち・き?」
圭吾は慌ててスマホを取り出すと、〝ちき〟を検索する。
以前、鬼の邪気に当たって母親が死んでしまった時、金神様が生き返らせてくれた時から、スマホ好き検索好きの金神様の影響からか、何かというと検索する癖がついてしまった。
ゆえに、圭吾は今となっては、かなりの雑学通だ。
「親しい仲……ああ、友達ね」
「さようで。私めの方が若輩でござりまする」
「いえもりさまの先輩っすか?」
それにしてもそっくりだ。そもそも、この種の生き物は、皆同じなのかもー。
「多少早くから生きております」
「……早くからーって、どのくらい?」
いえもりさまがどのくらい生きているのか、非常に興味がある。
「さてーいかほどでござりましょう?」
「じゃ、どんな時代っす?江戸とか安土桃山とかー」
「はてさて?どんな時代と聞かれましても……」
知己様は神棚に張り付いたまま、首だけ動かして、目をぎょろぎょろさせて考え込んでいる。
「おおそういえば、我が主がカタカナとかを、作る作業に携わっておりました」
「カ……カタカナっすか?」
再び圭吾は〝カタカナの由来〟を検索する。
「西暦800年頃……」
圭吾は吃驚していえもりさまと、知己様を見た。
「そのあとすぐ、ひらがなとかを……」
すぐじゃないっすー!ひゃ……100年もあとっすー。
「私めはもそっとあとでござります」
「おぬしの主は何をしておったかの?」
「はて?そう言われましても……」
「駄目じゃのー」
「申し訳ござりませぬ」
いえもりさまは神妙に頭を下げる。
「…あっ!こちらは我が若主さまにござります」
いえもりさまは、圭吾と知己様を見比べて言った。
「これはこれは……」
知己様は丁寧に頭を下げて挨拶をした。
「若主殿であられるならば、主殿にご挨拶せねばなるまい」
「いやいや、主様は駄目でござります」
「はて?何故に」
「主様は我らをいたく恐れられておりまするゆえに」
「……?」
「以前外のものが今迄の掟を破り、屋内に侵入いたした事がござります。すると主様が見つけられると、パニックになられ父君様が外へ出してくださる間に、殺してしまわれました」
「な……なんと!狂暴な主殿よ」
「いえいえ、お優しいお方にござります。変わり果てた外のものの姿を見て、いたく心を痛まれ、ほれ其処の凌霄花の根元に埋葬して、線香を立て反省をしておいでにござりました。只々我らがお側に寄る事を怖がられるのでござります」
ーああ、あの時かー
圭吾はあの時の事を知っている。余りの恐怖に我を忘れて、大パニックに陥った母親が、間違って窓を閉めて、挟んでしまった事件だ。
翌朝圭吾がご遺体を箱に入れさせられたが、その後、どうにかこうにか母親が埋葬していたようだった。
あの事件はかなり迷惑を被った。一週間近く悔やんで五月蝿かったからだ。
その後、同じような家守を発見し、気分はアゲアゲとなったが、よくよく考えると、家守がいっぱいいるかもしれない事に気がついたらしい。
「なんと……」
「先代の主さまもお嫌いで……」
いえもりさまは小さく肩を揺らして、情けなさげに笑って言った。
「……ところでいえもりさま。前から気になっていたんだけど、何故おかんが〝主〟?父親じゃ無い訳?」
「それは、母君様はこの家の血を引くものでござりますゆえ」
「此処の主はおなごなのか?」
「さようで、ご長女さまがお継ぎになりましたゆえ。父君様はご当主様であられまするが、家の主さまではござりませぬ」
「さようー我らは血筋にてお使いいたします。我らが認める事情が無い限りー」
うーん……。かなり面倒なこだわり……。
「では若主殿が主になってこそ、真の主というものだの」
「さようで。若さまはこれ、このようにご理解のあるお方ゆえ楽しみにござります」
「はは……いやいやー」
何故か照れてしまう。
はっ……そうじゃないだろ!
「いえもりさま。本当に気をつけてよ!見つからないでよね!!」
圭吾が神棚に背を向けると
「わ……若さま」
「だ・か・ら・!」
「お願いがござります」
「お願い?」
「はい」
最近、いえもりさまが可愛く見えてくる。このくるくるした目が大きくて特に可愛らしい。そう思い始めた矢先に、じっと懇願されるようにその目を向けられると、断れなくなってしまう。
「人を探しておるのでござります」
「ひと?」
「私めの主でござります」
「知己様の主ー」
圭吾はちょっと考えて
「そんなの、俺に言うよか、いえもりさまのお仲間の方が断然探せるし」
何故か右手の人差し指を立てて、左右に動かしながら言う。
「それがーそうは参らぬので」
「私めの主は先に申しましたように、書物に携わるお役目を賜わる一族の分家でござります。ご本家より主が分家いたす折に私めも主に従い分家いたし、以来お家を護って参りました。時代が目まぐるしく変わり、ご本家は護りが果てますると、零落の一途を辿りました。我が主は代々慎重な性格が幸いし、ついこの間まで工場の経営等をいたして、私めもお役目を果たしておりましたが、昨今の不況には抗えず、とうとう破綻してしまわれました」
「いたくご自分を責めておいでなのでござります」
「いやいや!全て私めが力を弱めて参ったばかりに、主をお助け申し上げれなんだのだ」
「ご自分をお責めになりまするな」
「いやいやー。私めが力無いばかりにー」
知己様はオイオイと号泣し始めた。
「若ー。私めも主様のご分家により、従いまして分家した身にござります」
ーへっ?そうだったの?ー
「そして若もご存知のように、ご本家は没落いたして、何万里もござりました土地が、今やこの家同様の小さき家が建つのみ」
ーいやいや。それってうちのご先祖様に暴言を吐いてるからー
「ご先祖様は公家の身であられましたが、公家ゆえに貧乏に苦しまれ、とうとう耐えきれず、お暇を頂いた折、彼の地を賜わりましたが、護りが弱まりましてからは、ご当主様に恵まれず、ご当主様が良い時は、家柄だけの婚姻での嫁に恵まれずと、結局ご本家はあのようにー。弱りゆく護りを最期に訪ねますれば、涙ながらに我が身の弱き事を悔やんでおりました。ゆえに、どうかどうか、お力をお貸しくださりませ」
ーうちってお公家様だったの?ー
圭吾は小さい時に見た、目のくりくりした、柄杓を持って烏帽子を被り、公家装束のプリンが好きな主人公のアニメを思い出した。
その主人公の顔が自分の顔と入れ代わり、慌てて首を左右に振った。
ーいやいや!無いないー
我に返った圭吾は、うるうると瞳を潤ませるいえもりさまを直視する。
「お力をお貸しするにもー。どうやって探せと?」
「若!その者はあの箱の中におるのでござります」
「はこ?」
吸盤のついた、いえもりさまの指し示す指?の方向へ目をやれば、其処にはなんと我が家の液晶テレビがー
ーえっ?まじ?ー
拙い文章をご覧頂きありがとうございました。