幻惑 実篤様 其の八
松田と賀茂が見つめるその先には、きっと二人には見える何かがある……はずだが、残念な事に圭吾には其れは見えない。
「実篤さま……」
「えっ?」
内ポケットから微かに顔を覗かせて、いえもりさまが小声で言ったので、初めて圭吾は二人が見つめるその先に、小神様がいていえもりさまの様に言ったのだと察しがついた。
いや……厳密に言えば〝実篤〟と呼び捨てであったろう……。
流石にものを知らない圭吾でも、運動部に長年所属していれば、主従関係的な事は、野生の勘で理解している。
頭とか体とかで理解しているのではなくて、〝勘〟で理解しているところが圭吾の不思議だ。
「えっ?ええ?」
松田は賀茂にではなく、圭吾の内ポケットから微かに顔を覗かせ、喋ったいえもりさまに釘付けになった。
「田川さん……家守っすよ家守……」
「うっ……うん……まあ……」
「それも喋れるんすよ……」
「うっ……はは……まあ……」
「まじすげ〜。俺神系以外で不思議なもん見たの初めてっす」
松田は、圭吾が引いてしまう程の興奮をしてみせて言った。
「うっ……これ、うちの家守りのいえもりさま……」
「まじっすか?まじすげ〜っす。やっぱ田川さん持ってたんすね」
「言っておくが、俺は何も持っとらん」
「またまた……」
松田はいえもりさまを指差して意味あり気に言った。
「ただ……うちを代々護ってくれてる、いえもりさまがいるだけだ」
「それが持ってるって事っすよ」
「持ってるっていえば、家守りは持ってるって事は言えるが……。それよか、たぶんもっと興奮する事になると思うよ」
「興奮すか?」
「今以上の……」
「へっ?」
松田は、賀茂を見ながら意味あり気に言う圭吾を見た。
そして賀茂を見た。
「まじっすか?まじっすか?」
圭吾の読み通り、松田はかつてない程のハイテンションで賀茂を見た。
「ちょーすげ〜す……。俺神系以外……いやいや魔物系見たの初めてっす」
そのテンションの上がりように、当事者の賀茂が引いてしまう程だ。
「いや……松田君。それ程興奮するものでもないよ」
賀茂は何時もの爽やかさと、落ち着きを見せて言った。
「それで、今でも思い姫を捜して、彷徨い続けているんすね。まじロマンっす」
「いや……」
「へっ?」
松田が興奮冷めやらずに言うと、落ち着いたもの言いのまま、賀茂は否定した。
「いや……。薫子様とは、あれから直ぐに出逢って、それはそれは濃い時を過ごした」
「すぐ……っすか?」
「うん……。どうやら薫子様が、死際に後世は添い遂げたいと願ったんだろうなぁ。生まれ代わって直ぐに、お互いに分かってさ……」
「はあ……?」
松田はテンションを下げ気味に腰を下ろして、飲みかけのドリンクのストローを噛んだ。
此処は大学の直ぐ側にある、松田お気に入りのハンバーガーチェーンの、二階奥の席だ。
松田の言うところの、バーガー屋の客席で座る事も忘れて興奮していたのだから、松田のハイテンション度合いがわかるというものだ。
「しかし、輪廻って凄いよね」
「輪廻?」
「いきものが無限に転生を繰り返す事っす」
「えっ?死んで生まれ代わるってやつ?無限に?まじか?」
「田川さんって、こういう事あんまり知らなくて、それでいてすげ〜もん持ってますよね〜」
「だから持ってねえって」
「いやいや……家守りがいたり、魔物のお友達がいたり、神系しかいない俺にはかないませんわ」
「だから、賀茂はたまたまだし……第一俺の友達ってよか、友達の友達だから……」
「そんな友達を持てるのも〝持ってる〟って事っすよ」
「はあ……?」
「いや松田君。魔物系霊系なんてごまんといるぜ。松田君の友達の中にも一人や二人居るかもな」
「えっ?まじっすか?」
「俺らの事いろいろ言ってくれてっけど、一番残虐なのは人間だからな」
「さようにござりまする。我らをオドロオドロしく表するのが、何よりの証拠にござりまする。それは己が持てし心の中のオドロオドロしいものを、我らに置き換えておるだけの事にござりまする」
いつの間にか、ちゃっかり圭吾のシェイクを啜りながらいえもりさまが言った。
その姿に、再び松田のテンションが上がっていく。