幻惑 実篤様 其の七
……圭吾の初めての気がかり状態と、実篤様との関係は判然としないまま、如何しても永きに渡り放浪の憂き目に遭っているという、気の毒な実篤様に会いたいと、いえもりさまが懇願するので、圭吾は仕方なくいえもりさまを、本当に居るか居ないかわからないまま、大学へ連れて行く事となった。
「まじ居るか居ないかわんねぇのに……」
圭吾は面倒くさそうに、ジャケットの内ポケットに入り込んだいえもりさまに愚痴を溢す。
「小神さまは嘘は申されませぬ。必ずしや実篤さまは、お出でになるのでござりまする」
「……で、会ってどうすんの?」
「えっ?」
「いや……だから会ってどうすんの?」
「ど……どうするも何も……」
いえもりさまは、もごもごと口ごもっている。
「はあ?興味本位で付いて来たってわけか?」
「な……何を申されまする。お目もじして……ご苦労をお労いするのでは、ござりませぬか……はは……」
「あっ!さてはがま殿に自慢する気じゃねえの?まじかまじか……その為に着て来る気なかったジャケットを俺様に着させたってわけか?」
「そ……そのような……。私めは若の……そうそう若の学び舎を、予てより見てみたかったのでござりまする」
「なんかすげく怪しい……」
「何を申されまする。ああなんとご立派な学び舎でござりましょう」
いえもりさまは、少しだけ内ポケットから顔を覗かせて、取り繕う様に言った。
「まじいえもりさまも、上手く誤魔化す事覚えたよなぁ……」
「はっ……何を申されまする若ったら、厭でござりまするねぇ」
すると向こうから松田幸甫がやって来た。
なる程、小神様に連れられて来たのかと察しがつく。
「おう……」
「なんか、小神様がこっちの方に来るもんすから……」
「やっぱり……」
「なんすか?」
「ああ……いやいや……」
圭吾は一人納得して松田と一緒に歩く。
小神様は、松田に圭吾といえもりさまの事は言っていないようだ。
守秘義務なのか、松田には関係ない事だから言わないのか?
たぶん後者の方だろう……。神様にとって圭吾の家の家守りなど、語る必要は何もない。
ちょこちょこと……たらたらと……随分と……。
圭吾と松田は講義室を見て回った……。
「……たく、あいつ何してんすかね?」
実篤様を、捜しているらしい事を察せられる圭吾はいいが、何も知らずに小神様に引っ張り回されている松田はたまったものではない。
いい加減文句を言い始めた。
「俺今日休めたんすよ。なのに……こいつが……」
「そういや、小神様が松田に付いて来てんのかと思っていたが、松田が小神様に付いて来てんのか?」
「……な訳ある訳ないじゃないっすか……いつもはあいつが付いて来てるんすけど、なんすか……今日は引っ張り出されたつーか……」
「成る程……」
「なんか知ってんじゃないっすか?」
「何を?」
「なんか……」
「知る訳ねぇじゃん、俺は松田に従ってる」
「そうっすか?」
松田は、何だか怪しげな物でも見る様に圭吾を睨め付けた。
「なんだよその目……」
「なんか田川さん怪しいすよねー」
「は?何が?」
「いや〜なんか田川さん持ってそうなんすよね〜」
「こわ……。松田怖い事言うなよ。何か見えんのはお前だけだって……」
「いや……俺だけって事はないっすけどね……」
「いやいや……俺の中ではお前だけで充分だよ……」
「えっ?そうすか?」
何故か松田は照れた素振りを見せた。
……意味わかんねぇけど……
圭吾が心の中で呟いた時
「田川……」
後方で名前を呼ばれて、圭吾と松田は其方に顔を向けた。
「何してんだ?」
賀茂は、爽やかな笑顔を覗かせながら近寄って来る。
「おう……」
今や疲れを覚える程に悩んでいるその張本人の賀茂が急に現れたので、ちょっと動揺を隠せずに言った。
「田川さんのお友達っすか?」
「うん……まあ……」
妙に懐こい松田が親しみを持って言うものだから、賀茂は怪訝そうに圭吾を見た。
「あっ……こいつバイト先の友達の後輩……」
「松田って言います。厳密には田川さんのバイト先の友達の、高校の後輩なんすけど……もっと詳しく言うと……」
松田がその先を言おうとして、言葉を切って賀茂を見た。
「えっ?」
「えっ?」
松田と賀茂が同じ方向を見ながら声を上げた。
「えっ?」
つられて圭吾も声を上げて、二人が見つめるその先へ目を向けた。