幻惑 実篤様 其の六
「賀茂さまと申されまするか?若のご同輩さま……」
いえもりさまは、圭吾が気になり出したら止まらない賀茂の一件を聞き終えると、暫し考える様子を見せていたが、おもむろに意味あり気に聞いた。
「うん……」
「それは少しばかり怪しげにござりまするな」
「そうそう……変だろ?気になんだろ?まぁ、俺だけならあり得んでもないが、大石も……ってのはな」
「変……と申しますより、かなり〝怪しげ〟にござりまする」
「うっ……なんか、その表現まじイヤだわー」
「以前、小神さまより教えて頂いた事がござりまする」
「え?何々?」
と、一瞬興味を示したが
「いや……まじ厭な事じゃねぇだろうな?」
慌てて打ち消す様に言う。
最近の圭吾はこういう〝厭〟な事に敏感になっている。
「申し訳ござりませぬが、たぶん若のその〝厭〟な口かと存じまする……」
「え〜まじ勘弁まじ勘弁……」
「……と申されましても、若の気になされておられる事と、関係有る事柄かはわかりませぬ」
「あ……そう……で、小神様に教えて貰った事って?」
「実篤さまが、若の大学においでだとか……」
いえもりさまは、それはそれは意味あり気に重々しく圭吾に言った。
「……実篤様?……って?」
「はっ……若、実篤さまをご存知ありませぬか?」
「ありませぬ」
圭吾がきっぱり言うと、いえもりさまは思い当たった様に圭吾を見た。
「これは、申し訳ござりません。実篤さまをご存知なのは、数代めかのご当主……はて……何代でござりましたか……」
「いやいやいえもりさま、そんなのどうでもいいから……」
「はっ……さようでござりました……」
「……って、そんなご先祖様がご存知の実篤様が、なんでうちの大学に居るんだ?ええ?まさかのまさか?これかこれ?」
圭吾はもろに嫌な顔を作って、日本独特な幽霊ポーズを作って言った。
「実篤さまは幽霊ではござりませぬ。しかしながら、とてもとてもお気の毒なお方なのでござりまする」
さも気の毒そうな表情を作って言った。……というか、そういう表情を汲み取れる圭吾が、最近凄いと思うが……。
「実篤さまは右近衛の大将であられました」
「右近衛の大将?」
「天子さまをお護りいたす衛兵にござりまする」
「おまもり……って、いえもりさま的な?」
「若!もう、違いまする。宮中の護衛とかをなされておりました」
「護衛官的な……とにかく人間ではあるわけね……」
いえもりさまはちょっと小さく頭を振ったが、この事には大して触れなくていいと判断したらしく先を続けた。
「実篤さまは薫子さまと恋仲でござりました」
「薫子さま?」
「薫子さまは、右大臣さまの何人目かの姫君にござりまする。しかしながら、温厚で通っておられました右大臣さまが豹変なされまして、権力を手に入れられるが為、薫子さまを入内なされる事となりました」
「なんか、おかんが飛びつきそうな内容だな……」
「人の世とは、本当に儚く哀しきものにござりまする。入内なされ暫くは天子さまのご寵愛もござりましたが、じきに他の女御にお心を奪われてしまわれ、淋しき日々をお過ごしの果てに、実篤さまへの想いを胸に病死なされましてござりまする。それをお知りになった実篤さまは、憤慨の果てに妖魔に呑み込まれ、天子さま右大臣さまをとり殺した後、お姿を眩ませてしまわれたのでござりまする」
「まさにおかん好みの話し……って、その妖魔に呑み込まれた実篤様が、なんでうちの大学に?……ってか、なんで小神様は実篤様を知っている訳?」
「大神さまが実篤さまにお会いした事がおありなのでござりまする」
「途方もなく長〜い年月を感じさせるな……」
「流石に実篤さまのお気の毒は、ちょっと前の話ではござりませぬ。ゆえにお気の毒なのでござりまする」
「成る程、いえもりさまにとっても、昔の話しなんだな……」
「ゆえにお気の毒なのでござりまする。長きに渡り放浪なされ、大神さまにもご拝謁なされておられるかと……お気の毒なされました」
「何時の話かは想像つかんが、妖魔になるとずっと放浪するってのもな……気の毒っていや気の毒だが……」