黄泉国 お迎えタクシー 其の十一
「小さき家守りよ。たとい金神の申し子と言えど、此処は黄泉の国。もはや生者が来れるべき場所では無くなった、早々に立ち去るがよいぞ」
「ははー」
いえもりさまが、地べたに張り付いてしまう程にひれ伏す姿を、同じ姿勢で覗き見ていた圭吾は、そのまま記憶を途切れさせた。
「青鬼殿申し訳ござりませぬな」
いえもりさまが軽快に喋っている。その声に圭吾は目を覚ました。
「え?寝ちまってたってやつ?」
「若お目覚めにござりまするか?」
「いゃあ……寝ちまった?今どの辺だいえもりさま……まだまだかかんのか?」
「さようにござりますな……まだ、走り出して間がござりませぬから……」
「まぁ、日の出までには送り届けますぞ」
「え?」
「青鬼殿、若は品行方正なお方ではござりまするが、遊びに出られて帰らぬ事が多々ござりますゆえ、母君様は家に居らぬからと、大騒ぎはなさりませぬ。ご安心くださりませ」
「ほお……それはそれは……然し乍ら、昨今は街中は明るいし、遊び惚ける所も多い故、若者がその様になろうとも、致し方あるまいな」
「いえもりさま……大騒ぎはしないけど、LINEは超絶来るかんね、返事すんまで来るかんね。スマホ鳴りっぱだかんね」
「流石は母君様」
いえもりさまは、何故だか凄く神妙に頷きながら言った。
「……て言うかいえもりさま、黄泉の国にはもう行った?」
「な……何を申されまする若!」
いえもりさまは、ふるふると震えながら圭吾を直視した。
その目がなんだかとても、寂しそうな悲しそうな……。ちょっと圭吾を萎えさせる眼差しだった。
「若さま……黄泉津大神さまに、お目もじ頂いたではござりませぬか?」
気持ち悪い程優しく言うので、それも感に触る。
「やっぱ、あれか?」
「あれ……でござりまする」
「なんだ夢見たのかと思った。いえもりさまが、地べたに張り付いてしまうかと思うくらい、平たくなってたのを見ている内に……どうしたんだ?その先の記憶が無い」
「ははは……それは大神様の圧に気後れして、気を失ってしまったのだろう」
「さようにござりまする。ゆえに大神さまは、青鬼殿に送りをお申し付けくだされました。ありがたき事にござりまする」
「圧……ねぇ……」
「あまりに高貴過ぎてお側で拝するだけで、その高貴さに殺られてしまうのでござりまする」
「流石〝神〟だわー」
「第一大神様に拝謁かなった人間なんて、今迄居ないだろうからなぁ」
「……!……なるほど、黄泉の国に参れたとしても、お目もじかなうとは限りませぬな?」
「まじ、そうだったら連れて行くなよ」
「母君さまの件がござりましたゆえ、致し方なく」
「はあ?嘘こけ……って、おかんはどうなるって?」
「どうもならぬかと……」
「はあ?」
「大神さまは、母君さまの件は気にお止めではないご様子にござりました。万が一何か生じましても、金神さまの事をご記憶いただいておりますれば、大事には至りませぬ」
「まじか?金神力半端ないわー」
帰りのタクシーは、行きと違いとても速く木々の間を走り抜け、見慣れた感じに黒い影が、目の前を飛んで行くが、決して目に止まらぬスピードというものではない。
「近々隙のできましたる歪みを、戻す事になろうと仰せにござりました」
いえもりさまは、青鬼殿が運転する運転席の背もたれに、行きと同様に腰を落として、青鬼殿に言った。
「ほお……やはりそうなろうな。歪みはしばしば起こる事柄故、さほどの異変とは言えぬが、こう間が縮まっては、やはり普通とは言えまい。増して、隙や歪みの箇所が増すともなれば、いつかは大ががりなものとなるやもしれぬ」
「さようで……今回は小さきものを箇所により、少しづつと仰せいただいたが、いつかは大ががりな修復をなさらねばなりますまい……」
「……となれば、家守りのお役目として、かなりの難儀と相成ろう」
「さようで、誠に頭が痛い事にござりまする」
「え?どういう事いえもりさま?」
青鬼殿といえもりさまの会話を、聞くともなく耳にしていた圭吾が言った。