黄泉国 お迎えタクシー 其の十
「これは珍しい……」
薄っすらと明るくなった圭吾の目前に、静かで穏やかな神々しさを全身から放つ、流石の圭吾すら敬い奉る事を思わさせる程の女神様が佇んでいた。
「黄泉津大神さま……」
いえもりさまが深々と頭を垂れて、それは美しく尊い女神様に挨拶をした。
それに促される様に、圭吾も頭を垂れる。
「お許しもなく、お目もじ頂くご無礼をお許しくだされませ」
「……」
圭吾は只々神妙に頭を垂れて、いえもりさまの動向を盗み見た。
「よい……。昨今は、黄泉比良坂の大岩にほんの少しの空きができ、其処より迷い込むものもおる。まあ、此処迄辿り着くものはおらぬが……」
「……その事に関わり、お願いいたしたく、失礼を顧みませずこうしてお目もじ頂いておりまする」
「ほう……」
「昨今、我らが住まいまする現世におきまして、お迎えタクシーを頻繁に目撃いたす事がござりまする」
「ほう……?」
「先日も我が主人が、童子を乗せて走り去るタクシーを見かけましてござりまする」
「童子とな?」
「さようで……。私めの記憶に誤りがなくば、童子がタクシーにお迎え頂ける道理はないかと……」
「さよう……。妾が遣わすのは、天寿を全うしたるもののみ……。たとい、童子の寿命が其処のみと致したとすれど、迎えを遣る事はない……」
「やはり、さようにござりまするか……」
いえもりさまが神妙に言うと、女神様も神妙に思い計られておられる。
「思うに……黄泉比良坂の大岩の様に、いろいろなものが歪んでしまっておるようだの……」
「ははー」
いえもりさまが平伏したので、圭吾も同様に平伏した。
「近頃は歪みの時期が、どんどん速まっておる……」
「それは私めすらも、感じ入る事にござりまする」
「さようか?黄泉比良坂の大岩もだが、歪みはこのままにはしておけぬ。近々それを元に戻す事といたそうと思っておった……。家守りよ、そなたの話を聞く所、歪みはそなたの周りにも及んでおるようだが、歪みのある所は、徐々に戻す事になろうから、心して事態に備えて参れ」
「ははー有り難きお言葉に畏れ入るばかりにござりまする。しかしながら、我が主人は、金神様の申し子にござりますれば、天寿だけは全うすることが可能かと存じまする」
「ほう?あの気難し屋の金神の申し子とな?それはまた面白い……。ならば、多少の事には堪えられよう」
「さようで……有り難き幸せにござります」
「しかしながら、歪みを戻すは我らには意にせぬ事だが、人間にとってはかなりの大事であろうから、そなたは、より一層と勤めを果たさねばならぬな……」
「はは!我が命に代えましても、勤めを果たす覚悟にござりまする」
「良き心根である……妾も何かの折には、そなたのその心根に免じて、力を貸すといたそう……」
「そのお言葉、身に余る光栄にござりまする」
いえもりさまは恐縮して、頭を擦り付ける様にして平伏した。
「珍しき金神の申し子よ、良き家守りを持ったの……」
黄泉津大神様は、只々いえもりさまを真似て平伏す圭吾に言葉をかけた。
「はい……」
圭吾はいえもりさまを真似て、地に額を擦り付けて答えた。
「しかしながら不思議なものよ。イザナギ様が心変わりをなされ、あの大岩で彼方と此方を隔てて仕舞われたおかげで、我らは人間達の悪行から逃れる場所を得たとは皮肉なものよ。あの時、裏切られた口惜しさから千人の人間を殺すと妾が言うと、イザナギ様は千五百人の人間を作ると申されたが、その人間が殺し合いそして我らの国々をこの様に汚すとは……」
しみじみ黄泉津大神様は言うと
「結局イザナギ様のやられる事は、まぁこんな事よ……」
再びしみじみと申された。
………………
……なんだかこの感じ……。
尊い女神様と一緒にするのは畏れ多いが、オカンが父親に対して、溜息交じりにしみじみと語っている、それと同じ様な……?
そんな事を思い浮かべ、〝なんて不謹慎な!〟と、流石の圭吾も自分で突っ込みを入れてしまった。