黄泉国 お迎えタクシー 其の九
「はぁ?その態度マジで頭くるんすけど……」
「若……若が頭にくる……どころではござりませぬ。そのような事を口になされては、マジでやぼうござりまする。お慎み下されませ」
「はいはい分かりましたよ」
圭吾はそう言いながら、肩の上に乗せて頂いている癖に、偉そうな態度になって来たいえもりさまの、小さな体型を思って口元を綻ばせた。
「兎に角入れる状態じゃなさそうじゃん?」
「いえいえ、ご心配は無用にござりまする」
「はあ?どう見たって入れねぇじゃん?……‼︎‼︎おっ!いえもりさまだけ入れるってヤツっすか?」
「いえいえ、残念ながら若さまもご一緒に……」
いえもりさまが腕?を、上げて指し示す大岩の上に掌を押し当てると
「……!……」
圭吾の掌がスゥーと大岩に吸い込まれる様に、何の違和感も無く中に入って行った。
「うおー!マジか?」
圭吾が慌てて、吸い込まれた掌を引き戻した。
「若……そのまま、そのまま安心なされて、中にお入りくだされませ」
「……うっ、あの世にか?」
「若……」
耳元でいえもりさまが、今迄聞いた事の無い声で、諭す様に言ったので、流石の圭吾も腹をくくって、身を大岩に預ける様に体重を前方に移動させた。
すると、痛みはおろか何の違和感も無く、スーと大岩の中に吸い込まれた。
吸い込まれた瞬間、目の前が真っ暗になった。
真の真っ暗……ってやつか……。暗闇の中に微かに黒い輪郭が見えるとか、感じるとか、そんな今迄圭吾が知っている闇では無くて、本当に何も見えず感じない世界……。
そんな真っ暗闇の世界が圭吾を取り巻いた。
「えーマジかよ〜。いえもりさまぁ……」
「若……気をお強くお持ち下されませ。真っ直ぐ、真っ直ぐお進み下されませ」
肩の上から耳元で囁かれ、圭吾は不思議と落ち着き、素直にその言葉に従って步を進めた。
目が開いているのか自分でも不安になった。もしかしたら、瞼が閉じているのもしれない……と思っても確かめる手段が思い浮かばない。
步を進める内に、右手に岩の感覚を覚え始めた。
その時初めて、自分は何かに手を触れて歩いている事に気がついた。
ゴツゴツして冷たくて……、だから岩だと思うのだろう……。大岩を抜けて来たから、きっと岩が続いていると勝手に思っているのは、自分でも理解ができた。
「……?」
その内岩だと確信できるように、薄っすらと黒い輪郭が感じられるようになって、そして目に映っているように思えてきた。その思えてきた……が、黒く輪郭として見えているのだと確信すると、目が開いていた事を納得した。そしてずっと瞬きもせずに目を凝らしていたのだと、我が身に思い知らせるように、急に目に痛みを感じて、慌てて瞬きを幾度も繰り返した。
一瞬足元がよろけて転びそうになったが、其処はバスケで培った反射神経で、直ぐに体勢を立て直した。
「いえもりさま……大丈夫か?落ちてねぇだろうな」
「ご安心下されませ。私めにはこの通り、吸盤がござりまする」
「この通り……って言われてもな……」
薄っすらと感じ始めた事で、余裕を取り戻した圭吾が言った。
「はは……マジで喋ってないと萎えてくるっつーか……喋ってると余裕……つーか……」
圭吾は大口を叩いて、薄っすらと浮かび始めた前方を見据えて言葉を切った。
「これは黄泉津大神さま」
「マジかぁ……」
徐々に薄っすらと浮かび始めていた前方が、明るみをおびて辺りを静かに浮かび上がらせた。
神々しく明るんだというわけでは無く、徐々に本当に静かに……。
それは、真の暗闇の中を歩いて来て、暗闇に慣れた圭吾の目を労わるように、決してその乾き切った眼球を眩い光に射られる事が無いようにと……静かに白々と明るくなるように……。
そう、白々と夜が明けた時の明るさだ。
ただそれだけなのに、何故かそう思う迄に、圭吾はその静かで淡い明るさに、有り難さと恩恵を覚えたのだった。