黄泉国 お迎えタクシー 其の八
「若着きました……」
「えっ?此処があの世か?」
「ははは……まさか……」
青鬼様が笑った。
「此処は黄泉比良坂だ……」
「黄泉比良坂?」
「ああ……」
「若……黄泉比良坂とは、葦原中津国と繋がっていると伝えられておる所にござりまする」
「葦原中津国?」
「地上のことにござりまする……。若がお暮しの……」
「……って事は、地下にあの世は在るって事か?……地下に有るのは地獄じゃねぇの……」
「ち、地下……。若のご想像の地下とは、かなり異なるものにござりまする。それに地獄とも異なりまする」
「う……ん……。意味ワカンねぇ……」
「致しかたござりませぬ……」
「なんか、諦められてる感半端ないんすけど……」
「いえいえ。若は若にござりまする……」
「なんか、その言い方が気に入らんのだけど……」
「青鬼殿、ありがとうござりました。このご恩は生涯忘れはいたしませぬ」
いえもりさまは、圭吾を無視して言った。
……最近は、こんな態度を取られる感が多い様に思うのだが……
「よいよい……わしはこれから、このご人を先ずは三途の川にお連れせねばならぬ、此処よりは二人で参るしかないが、幸運を祈っておる」
「ありがとうござりまする」
「何々、黄泉津大神様も、穏やかにおなりで、それはお美しいお姿をお戻しになられておられる。以前の様に激怒なされる様な事も無いから、金神様の名をお出し致せば、お目もじも頂けよう」
「しかしながら、イザナギさまが塞がれた大岩がござりましょう?」
「おおあれか?いやいや、あれも昨今の天変地異で微かに隙ができておる、故に此処をゆくが一番早かろうし、間違える事もあるまい」
「さようにござりまするか?それはありがたい事にござりまする」
「我らも昨今の様子には、ひとかたならぬものを感じておる。それが我らの主人のご意志ならば致しかた無い事ではなるが……。小さき家護りではあるが、お護りいたすべき主人を誠心誠意お護りいたすのだぞ」
「慎に慎にありがとうござりまする」
いえもりさまは、深深く頭を下げて言った。
すると青鬼様は颯爽とハンドルを切って、タクシーを飛ばして行ってしまった。
……青鬼とはいえ、まじカッケーんだけど……
「ささ若参りましょう」
青鬼様の格好良さに浸る暇も与えずにいえもりさまは言った。
夜の暗闇の中、微かに解る木々のその先の大岩に向けて歩き出した。
夜の暗闇……。
真っ暗な一寸先も見えない暗闇……。
一体そんな錯覚を何時圭吾は持ったのだろう?
夜……といっても、天には月が照り星が輝いて、周りの景色も微かに浮き出されて解るのに、一寸先も見えない暗闇なんて……。
そして、その薄ら明るい闇夜が、とても心地良い明るさなのが不思議だ。
普段慣れ親しんだ、都会の明る過ぎる程の電灯や、街灯の明るさが闇の恐怖を取り除いて、自分を守ってくれる、真の明るさだと信じてきたのに、月が照る穏やかで優しいその明るさこそが、圭吾を落ち着かせ、心を穏やかにするものであるなんて……。
ほんのついさっきまで、考えてもいない事だった。
いや、自然の明るさなど恐怖を与えるものだと思っていたのに……。
一体、何時圭吾はその様に、誤った思いを持ってしまったのだろう?
「若此方にござりまする」
「こちら……ったって、只の岩じゃん!それにさしもの俺さまにも、この岩はどうにもこうにも動かんぜ」
「いえいえ、真に隙ができておりまする」
「隙ったって……つーか、この岩自体何なんだ?」
「これが、かのイザナギさまが、塞がれし大岩にござりまする」
「はっ?イザナギ様?なんだそりゃ?」
「なんと?なんと若さま……ものを知らぬにも、程というものがござりまする。全知全能の神たるイザナギさまを存じ上げぬとは……」
いえもりさまは、小さく肩を窄め大きくため息を吐いて、とても大きく頭を左右に振って言った。
「はぁ?その態度マジで頭くるんすけど……」
「若……若が頭にくる……どころではござりませぬ。そのような事を口になされては、マジでやぼうござりまする。お慎み下されませ」
「はいはい分かりましたよ」