黄泉国 お迎えタクシー 其の五
「しかしながら小さき家護りは、お家を護るがお役目の筈」
「さようにござりまするば、主人たる母君さまが厄介事……殊に黄泉の国に関わりでもお持ちになれば、我が家の一大事にござりまする」
「ふーむ……小さき家護りもなかなか気苦労であるなぁ」
「心中お測りくだされまして、真にありがとうござりまする」
〝お迎えタクシー〟は、音も無く静寂とした今の世の中に在るのに、不気味な程暗闇と化した深夜の街を走り始めた。
「世の移り変わりは毎度の事だが、昨今の移り変わりは、我等の目を持っても凄まじいものがある」
「実に嘆かわしき事にござりまする。この辺りも大きく変わり果て、ぬしさまが彼方に行かれてしまわれましてござりまする」
「それは此処の者達にとって、大きな痛手であろうに……」
「さようにござりまする。ゆえにこのような事に陥りましても、誰一人として理解いたす者もおらず……。お力を頂けるものもおりませぬ。されど、我が使命は、ここにおられまする若さまと、ご当主であられる母君さまをお護りいたすこと……。この身に変えましても、お護りいたさねばなりませぬ」
「それは、そのように小さきものの家護りには、難儀な事であるなぁ……」
「それは……それは難儀な事にござりまする……」
いえもりさまは、大そう思い詰めた苦渋の表情を浮かべて言った。
……こんな表情を浮かべる程苦労しているとは、とても思えないのだが……。こういう奴らには、圭吾の気づく事ができない気苦労があるのだろう……
……いやいや、あのおかんじゃ、解らなくも無い気もする……
「確かに、あの辺りには大そうな〝ぬし〟がおったからな。開発が進んだものの、大事が無くいられたのも、あのものの力があっての事……それを彼方へと追いやる事となろうとは、近き将来あそこも今までのようには立ちいかなくなろう」
「それにござりまする……。ぬしさまはそれを心より案じられ、従者のがま殿を、若の兄貴分さまに託されて行かれましてござりまする」
「ほう……。おお!あの大がまか……。あれも長きに渡りぬしの側に仕えておったもの故、多少の力は持っておろう……そのものを託されるとは、兄貴分とやらはただ者ではないな」
「それは、ぬしさまがいたくお気に召されるだけの事はあり、とてもとてもご立派な若者にござりまする」
「ふん、ならばそのもの達に、今回の事も託せばよかったであろうに……」
「おっ?考えが及ばなかったが、まじそうだし」
圭吾が間髪入れずに話しの間に入って言った。
「まじ考えがなかったわ……がま殿と友ちゃんの方が、俺らよか適任……適任だったじゃん?愚かだわー俺ら」
「それが……そうも参らず……にござりまする」
「はあ?なんで?」
「第一に、母君さまが関わっておるやもしれぬ事でござりますれば……」
「はあ……そうだった……」
「第二に、今兄貴分さまはそれどころではござりませぬ」
「……それどころじゃないって、なんか友ちゃんにあんのか?」
「はい……」
「ええ?友ちゃん大丈夫なのか?まじ心配だわー」
「いえ……若がご心配いたされる事では……」
「えっ?心配する程じゃねぇの?いやー驚かすなよ……って、いったいなんだ?やっぱ気になるわ」
「さようにござりましょう……」
いえもりさまが真顔で言うから、余計に心配になったりする。
「もー兄貴分さまのご心配など無用にござります」
真顔を向ける圭吾に、いえもりさまは軽く言う。
「だから、友ちゃんに何があったってえの?」
「何もござりませぬ。ただちとお忙しいだけで……」
「忙しい?就活か?確かに忙しいわな……こんな事に関わっる場合じゃあねぇか……」
「いえ若。兄貴分さまは〝いん〟とやらに参られるらしく、就活はなさらぬとか」
「いん?……大学院か?まじかあ〜、友ちゃん頭いいかんなぁ……」
「……と申すよりも、木霊の件以来環境について、真摯にお考えのご様子……。もっともっと学問をなさり、現世を良きようにして下されようとのお考えのご様子」
「まじかあ〜」
……流石友ちゃんだ……
友ちゃんは小さい時から、自然や植物昆虫動物が大好きだった。
それに、圭吾には持ち合わせていない〝何か〟を持っているのだ。
「それで忙しいと?」
「いえいえ……」
「は?」
「それで忙しいのではござりませぬ」
「はあ?……じゃあいったいなんなんだよ!」