黄泉国 お迎えタクシー 其の四
近々……は、以外と直ぐにやって来た。
圭吾といえば、祖父母の葬儀に参列した事しかない。
それも、父方の祖父はまだ小さかったから、葬儀の意味すらも理解せずに、只奇妙に黒い服を着た、見たこともない年老いた親戚とやらが大勢いて、圭吾を見ては
「大きくなった」
とか
「かわいい」
とか言われて、ちょっと有頂天になっていた事しか覚えていなくて、流石に産まれた時から一緒に暮らし、母親よりも可愛がってくれた、ばあちゃんが亡くなった時に、初めて人が〝死ぬ〟と言う事を知ったような気がしたものだが、あれ以来他人の葬儀とは無関係だから、こんな風に他人……それも、正真正銘の見も知らずのお年寄りが、亡くなるその時を〝待つ〟というのは、気がひける……というよりか心苦しいというか……こんな事を思いながらも、やっぱりこうしている自分がもどかしくも有り、虚しくもあったりする……。
そんなちょっとした葛藤をしながらも、いえもりさまとご近所……といっても、畑がこじんまりと広がる町内外れの、古家屋の脇の森林公園で〝お迎えタクシー〟を待っている。
何の因果か、もう三夜もこうしていえもりさまと此処に来ている。
「あのさいえもりさま、その日って分かんねーの?なんかさ、〝天寿を全うした、それはそれはありがたいお方〟とか言われても、死ぬのを待っているようなの厭なんだよね」
「お気持ちはお察しいたしまするが、ぬしさまがお出でになれば分かりようもござりまするが、がま殿では……。がま殿も力不足を申し訳ないと申しておりましてござりまする」
「そうだろうがなぁ……」
此処は森林公園、それも夜分も夜分かなり遅い時間に何日もこうしていると、稀にだが犬の散歩にやって来る人や、帰宅の為か通勤の為か、通りかかる人がいて、其れこそ怪訝そうにされてしまうと、なんだか居たたまれなくなってしまう。
「おっ……若……参りましたぞ。〝お迎えタクシー〟でござりまする」
「えっ?まじ?……つーか。もろ普通のタクシーじゃん」
「若もご覧になられまするか?私めとおりまするからか……。余り見えるものではござりませぬが……」
「ふーん?あれじゃ、おかんが思い込むのも無理ねーか……」
そんな事を感心していると、なんと家の中からおじいさんが洒落た感じで出て来て、圭吾に顔を向けずに乗り込んだ。
「いえもりさま乗っちゃったぜ」
「若……急いでタクシーに同乗なされてくだされまし」
「ええ?厭だよ」
「何をごたこだと……お急ぎくだされまし、早く早く」
「うう……」
「もたもたなされず、お急ぎくだされまし!」
「うう……」
いえもりさまに急かされて、反射的におじいさんの後に飛び乗った。
「!!!」
一瞬おじいさんは呆気に取られた様な表情をしたが、直ぐに無表情に前方を見つめた。
「 これはこれは、青鬼殿……」
いえもりさまは、助手席の椅子の背もたれによじ登ると、それは丁寧に頭を垂た。
「これは家護りではないか?〝これ〟に生者が同乗してはまずかろう?」
「このお方は大丈夫にござりまする……」
「なんと?」
「かの金神さまのお申し子にござりますれば……」
……いやいや、申し子の子供だけどね……
「ほうこれは珍しい」
「それに、生者が〝これ〟に乗るは、たぶん今回だけの事ではござらぬと、思うておりまする」
「う……ん。そう言った噂は聞いてはいるが……」
「さようにござりまするか?それでは話は早い!昨今天寿を全うしておる筈もないものが、〝これ〟に呼ばれて逝っておるようなので、意を決して黄泉津大神さまにお目もじ頂き、事情を申上げようかと存じておるのでござりまする」
「なんとその様な事を、小さきもののその方が?」
「実は、我が若君さまの母君さまが、〝それ〟を目撃いたしまして……」
「これは厄介な。このようなものを目撃しては、ただでは済まぬからな」
「……済まぬのでござりまする……ゆえにどうか、お力をお貸しくだされまし」
「金神様の覚えめでたい者共であれば、致し方あるまい。大神様もお許し下されよう。しかしながら、〝これ〟を目に致すとは……」
「さようで。母君さまは大したお方なのでござりまする」
……いやいや、面倒な事に巻き込まれるのが〝大して多いお方〟なんだって……
……確かにまじ面倒くせえ……