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盆 盆の送り 其の五

「盆の入りにお通夜も珍しいけどねー。坂下のおじさんだから怖くなかったし、こじんまりとしたいいお通夜だったよ。坂下のおじさんらしくー」

 母親は穂浪さんを坂下のおじさんと呼んでいたらしいが、ばあちゃんが死んでから聞くのは初めてだ。

 ばあちゃんが生きていた時、二人で話している会話では、〝坂下のおじさん〟と呼んでいた。

「おじいさんは、ばあちゃんの友達?」

「違う違う。仏様のなむなむさんの友達ー。っていっても、まだ此の辺が開けていない、十数件位しか家が立っていなかった頃からの人で、蛇とか居たから坂を降りて、先の坂を登って行くと商店街があるじゃない?其処に行くのに、毎日集まって一緒に行ったんだってよ」

 なむなむさんとは、曾祖母の事を指す。

 まだ幼かった圭吾に仏壇に手を合わさせ、その上に飾ってある写真を見せて、仏壇の中に祀られている曾祖母、曾祖父、そして祖父を一括りに〝なむなむさん〟と称していたのだが、何故だか大学生になった今でも、ばあちゃん以外の仏壇の主達は、〝なむなむさん〟で通っているのだ。

「坂の下が私がまだ小さい頃は、川が流れてて短い橋が掛かってたんだから」

「小学校で聞いてるけどね」

「登り坂の所からずっと商店街までお山だったんだもの。蛇もうじゃうじゃいて、うちの玄関前に朝戸を開けると、とぐろ巻いてて、なむなむさんなんて飛び上がったっていうくらいだから、此の辺の主婦は集まって買い物に行ったっていうのが、ほんの数十年前の事だなんて、信じられないでしょ?その時からの付き合いだから……私なんて、本当に良くして貰ったわ。おじさんにも、おばさんにも」

 そういえば、ばあちゃんが元気な頃、そんな事聞いた事がある。

 蛇も、げじげじも、百足もー。うじゃうじゃいたし、春に此の辺を一回り散歩をすれば、土筆やぜんまいが山程取れたってー。

 とても懐かしそうに言っていたっけー。


 お盆はご先祖様が帰って来るーっていうけれど、おじいさんはどうなんだろうー


 お盆の間は、仏様達に3食お供えをする。基本は家族と同じ食事を供えるが、母親はばあちゃんの生前からの習わしで、巻き寿司を供えたり、おこわを供えたり、炊き込みを供えたりー。

 ばあちゃんの元気な頃は作って供えたものだが、病気が進む毎に買ってきて供えるようになった。

 でも、今年母親は思い立って、自分で作ってお供えをした。

 それは、ばあちゃんがいなくなった寂しさに、少しだけ慣れたという事だろうー。


 十六日は盆の送りだー。

 田舎のお盆は提灯を下げてお墓までご先祖様を送りに行くー。


 簡単に送りに行けない所に墓を建てた曾祖父さんの所為で、送りに行けないから、うちは送り火を焚く。

 帰って来ていたご先祖様に、あの世に無事お帰り頂く日だー。


 曾祖母からの習わしで、だんごと海苔巻き、又はおにぎりを持たせる。

 だんごを買いに行き海苔巻きを巻き、早めに夕食を取らせて、送り火を焚かねばならない。

 母親が朝から忙しくしていると、午後から雲行きが怪しくなってきた。

「なんだか怪しい雲行きね。送り火までもってくれればいいけどー」

 最近の天気は異常な雨をもたらす。

 支度も済み盆最期の食事を供えた頃、母親は回覧板を手に玄関を出て行った。


「若ー」

 いえもりさまが、使っていない神棚の上から小声で圭吾を呼んだ。

「いえもりさまそんな所にいて、おかんに見つかるとめんどくさい」

「申し訳ござりませぬー。父君様もお見受けいたしませぬし、母君様はお出ましのご様子ゆえ……」

「父さんは急な仕事。おかんは回覧板」

「……さようでござりまするか?実は此の天気……。気になりまして」

「気になるって?」

「今日は盆の送りの日。普段であれば決して凡人には見えぬものでござりまするが、此の様な天気の日には、勘の鋭い者には見てはならぬものを見えてしまう事がござります」

「???」

「できますれば、決して母君様に気になるものがござりましょうと、見ないようにとお伝え願いたくー」

「ーったって、もう出て行っちゃったじゃん?」

「それゆえに、お早くあとをお追いくださりませ」

「はあー?全然お早く無いって」

 圭吾が慌てて玄関を出ようとすると

「これをお持ちに」

 何やら小さな木の片を渡されたが、圭吾が合点がいかず凝視していると

「金神様の護符でござります。これを持っておれば、金神様の気配により、若様のお姿はあのもの達に見える事はござりませぬ」


 ー金神様の気配で、姿が見え無くなる相手なのねー。


 今度は妙に納得して、護符という木片を握りしめて門を出ると


 ー!!!ー


 圭吾は余りの恐怖に体が一瞬固まったようになった。

 坂の下から真っ白な気配と共に、激しい雨が近づいてくる。

 徐々に雨が近づくにつれ、圭吾に降りかかる雨の量も激しくなって濡れていく。

 その雨の中を、真っ白な煙のような大勢の人の列が歩いて行く。

 此の車一台が通るのがやっとの通り一杯に、その白い煙のような人達は、整列を作って乱れを持たずに、整然と物静かに歩いて行く。

 不思議な事に人通りは全く無く、雨の音しか聞こえない。

 圭吾は我に戻って母親を探した。

 ほんの一軒先の、隣家のポスト前で若い女性と話しをしている。

 雨の激しさにぼやけてはっきり見えないが、あれは母親だ。

 だが、整列を成して行く白い煙のような人々は、母親と若い女性を気に止める事も無く、ただ前を見て歩いて行く。

 その行列が決して今生のもの達で無い事は、直ぐにわかったが、母親と話しをしている女性は、そのもの達とは違っている事も直ぐにわかった。

 女性は圭吾が近づいて行くと、母親に頭を下げて、他の人々とは反対の、坂の下の方に歩いて行った。



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