新春 猫にゃん にゃん 其の七
「待ち侘びたぞ〜」
「それは申し訳なかったの」
「どうせうたた寝でもしておったのであろう」
「おお……流石犬わん。全くその通りじゃ」
猫にゃん様は、人混みでごった返すハチ公像に対峙して喋っている。
「えっ?犬わん様ってハチ公なのか?」
圭吾がポケット内のいえもりさまに、とんでもない愚問をしているのだが、当の圭吾がそれを理解できるわけがない。
「若……余りに情けないお言葉にござりまする……」
いえもりさまが、本当に残念そうに圭吾に言った時、凛々しく座るハチ公像から、神々しく真っ白な犬わん様がお姿を表した。
「猫にゃんがうたた寝いたすと何時も待たされる……」
「何を申すか!ほんのちょっピリ待たせただけではないか?」
「それはそうだが、わしはもっと早くに相談したかったのじゃ……。おぬしがほんのちょびっとうたた寝しておる間に、わしら犬族のみならず、おぬしの猫族達も人間共に大変な事をされてしもうた」
「おお……それよそれ!目覚めると我が猫族達が、いっぱい人間共に殺されておった」
「そうであろう……?ほんのひと昔前には、わが犬族が人間共に狩られておって、如何致したものかと、猫にゃんと対策を講じようと思っておったに、なかなか来ぬから猫族まで狩られてしもうた」
「……故にわしも、人間共を狩ってやったわ」
「やはり、此処一連の死人達は猫にゃんであったか?おぬしは短気な気性ゆえ、目覚めれば容赦はないと思うておったのじゃ……」
「まだまだ罰を与えてから、狩ってやろうかと思うておるのよ」
「そうか……それはよい考えではあるが、ここまで大量に虐殺されてしもうては、罰を当てる相手が大量になるであろう?そういたすとなると、他の神々とも相談いたさねばならぬぞ」
「うーん、そうか?」
「そうじゃ……他の神も我等と同様に思うておるやもしれんし、今し方も天罰を与えて狩るつもりやもしれぬ。それを我らが狩ってしもうてはならぬであろう?」
「なるほど……確かにのぉ、憤慨しておるは我等だけではあるまいて……流石は思慮深い犬わんである」
「猫にゃんおぬしが短気すぎるのじゃ……もはやかなりの者を狩っておろう?」
「ほほほほ……カッと腹を立てた者は即刻閻魔に渡したが、その他の者共は寿命をほんのちょっと短くしておる」
「ほう……それはまた面白いの」
「ほほ……面白いであろう?妙案であろう?」
「……では、それを他の神々に語らう事とし、その時まで今少し現世を散策してはみまいか?」
「散策とな?」
「おぬしを待ち侘びておる間、此処にこうして見ておれば、なかなか現世は面白いものばかりである。待ち侘びておったが、退屈する事は全く無かった」
「ほほ……そうかそうか?それは面白そうじゃな」
猫にゃん様は、ピンと尻尾を立て耳を立てて、愛くるしい瞳をまん丸に輝かせて言った。
「家守りとその若主人よ。誠に苦労をかけたな。無事犬わんに会えて感謝しておるぞ」
「お役に立てて何よりにござりました」
いえもりさまは、深深く頭を下げた。
「家守りか……?」
「お目もじかない我が身の誉れにござりまする」
深深くひれ伏して、いえもりさまは犬わん様に挨拶した。
「よくぞ猫にゃんを連れて来てくれた」
「ありがたきお言葉にござりまする」
「この家守りの主人は、ほれあの金神が授けし者よ」
「ほう?金神か?」
「さようにござりまする。この若主人の母君が金神様の御慈悲により、この世に誕生せし者にござりまする」
「ほほう……それは珍しい」
犬わん様は、クイクイと前足を動かして圭吾を呼んだ。
「お前が家守りの主人か?」
「犬わんさま、この者は我が若主にござりまする」
「若主人とな?」
「さように……母君さまが主にござりまする」
「ふむ……。よくぞ家守りを助け、猫にゃんを連れて来てくれた、礼を申すぞ」
「あ……いえ……」
「我は犬わんわんである」
「略して犬わんね」
猫にゃん様が割って入って言った。
……そんな事は、とうの昔に察しはついてるわ……
ちょっと利口になった圭吾の心の声……
「本当はとても長い名があるが、猫にゃんが直ぐに忘れるので、猫にゃんと同じう短く致した故、覚えやすかろう?」
犬わん様は、猫にゃん様とは違って愛想よく笑った。
それもとっくに解っている圭吾は、軽く頭を下げた。
「今回の事は決して忘れまいぞ」
「あ……ありがとうございます」
圭吾はしおらしく、今度は深々と頭を下げた。
「……それでは家守り、また会おうぞ」
「はは……」
そう言うと猫にゃん様は、犬わん様ととても楽しげに尻尾を立てて、お二人揃って渋谷のスクランブル交差点を、悠々と歩いて行った。
「また会おうぞ……ってどういう事?いえもりさま」
圭吾はとても不安になって聞いた。
「また会おうぞ……は、また会おうぞ……でござりまする」
「う……やっぱ?」
「はい」
「猫にゃん様も犬わん様も、きっと何処へでも行けるんだろうね?」
「え?」
「電車に乗らなくても……」
圭吾がしみじみと言うと、いえもりさまはその意図を察して
「はい。さようにござりまする……簡単に我が家にお出でになられまする」
と言った。
「やっぱな……」
圭吾は大きくため息を吐いて、スクランブル交差点を眺め続けた。