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出会い 鬼の契約書 其の一

 田川圭吾が、都内の某大学から帰途についたのは、何変わりないいつもの時間だ。

  朝もいつもの通り、予定していた時間に起きられず、結局朝食を抜かし、テーブルの上に置かれていた菓子パンを、無造作にリュックに詰め込み、不機嫌に母親の顔も見ず、掛けてくれた言葉にも、答えもせずに玄関を飛び出して、駅に早足で向かった。


  最早到着していた電車に慌てて乗り込み。周りの人間に嫌な顔をされ、それを気まずいと、混み合う人を押しのけて、奥へと潜り混んで、人の波に揺れながら音楽が流れ込む両耳に集中する。気がつけば、人波が大きく動いて、幾つかあるうちの、乗り換え駅の一つに着いたのだとわかる。圭吾はいつものように辺りを見回し、そしていつものように目星をつけていた駅で、座席の空きを見つけて座った。

 

  大学の授業も変わりなく、友人達との会話も変わりなく、最寄りの駅へと数人の仲間と向かい、くだらない事で笑いながら別れた。


  帰りの電車は、始発から三つ目ということもあり、いつものように苦労せずに座り、聞き慣れたアナウンスをBGMに眠りについた。

 気がつけば見慣れた景色が目に入った。おもむろに立ち上がり、電車が止まるのを待って降りると、予定通りエスカレーターのある場所に停車した。

 駆け出す人波を物ともせず、圭吾は悠然とエスカレーターに上手に乗り、慌てて駆け上がる、右脇の人々の背をぼんやりと眺めやる。

  ー圭吾はちょっとのんびりやだー


  駅から徒歩10分。駅前の商店街を右手に抜けて5分余り、細い脇道を左に折れると、馴染み深い我が家のある通りに入る。

 車一台通れるくらいの幅で、路地というイメージよりは広いのか、この辺の住人は皆“通り”と呼んでいる。


  圭吾が生まれる以前から、何の変哲もないこの通りは、子ども達の遊ぶ声が、絶えない通りだ。夕方になると、友達を連れてきた子が遊び、その輪の中に近所の年下の子が入って遊ぶー。

 昔ながらの“通りで遊ぶ子ども達の光景”が、脈々と受け継がれている。そんな通りだ。

 

  ー ! ー

   

  圭吾は今日初めて「!」いつもと違う違和感に包まれた。

 ついこの間梅雨入り宣言が出されたと、テレビでやっていた。

 日が落ちるのは、かなり遅くなったとはいえ、午後の7時半ともなれば、とっぷり暮れている状態で無いにしろ、辺りは暗くなり、賑やかな子ども達の声も、姿も最早家の中にあり、網戸で開けられた、灯りの漏れる家々の中から、家族の穏やかな話声や、テレビの声が聞こえてくるー。

 そんな家々の様子を感じながら歩いて帰る。それがいつもの事だし、当たり前の事であったのにー。


 ーなのに、今日は違っていた。

  静かなはずの通りに、見慣れた住人達が出ていて、何か異様な雰囲気を醸し出していた。


「圭ちゃん今帰り?」

 幼馴染の友ちゃんのおばあちゃんが、よく花火をして遊んだ門の前まで出て来て言った。

「あっ、こんばんは」

 圭吾はお行儀良く頭を下げて言った。

「ーそこの、浜田さんの上の子がいなくなっちゃったんだって」

「えっっ?」

「5時のチャイムが鳴るまで、お隣の子達と遊んでてー。妹の自転車を、門の中に入れてたはずらしんだけど、妹が一旦家の中に入って様子を見に来たら、自転車だけ置いてあって、お姉ちゃんがいないってー」

 

 それから、母親が探し歩いたらしいが、何処にも見当たらず、不安になった母親が、一緒に遊んでいた子どもの所に聞きに行けば、そこの親も一緒に探すー。となれば、狭い町内の事だから、世話好きな近所の老人達も出て来て探すー。

 異様な雰囲気も醸すというものだ。


「最近はこの辺も変質者が出没してるからね。ほら、そこのあんたより、ちょっと年下の子が学校の帰りに、浜田さんの脇の路地で、若い男に抱きつかれた事があったしー」

 ああ、二つ下の女子が悲鳴を上げたら、逃げて行ったとかいうー。確かあの時、此処の浜田さんとうちの母親が駆けつけたけど、もう姿が無かったとかー。

 うちの親が興奮して話していた事があったのを覚えている。

 だが、あれは2年も3年も……いやいやもっと前の事だったようなー。


「あれー?」

 圭吾はキョロキョロと辺りを見回した。

「うちの親は?」

「あんたのお母さん?見てないわよ」

 友ちゃんのおばあちゃんは、ちょっと見回して

「そういえば、こんな時に見かけないのは珍しいわね」

 友ちゃんのおばあちゃんは正直ー、というより一言多い方だ。

 

  ー母親が、こんな時にいないのは変だと思った。


 救急車が止まれば、何はともあれ飛んで行く、子どもの声であれ、猫の鳴き声であれ,「!」と思えば飛び出すような、“サザエさん”的な人なのにー。

  圭吾は、友ちゃんのおばあちゃんに、軽く会釈して家に向かった。


  家に行く迄の間に浜田さんの家の前を通る。

 開け放たれた門の向こうに、やはり開け放たれたドアがあり、そのドアの奥に妹の方を抱いた浜田さんの顔がとても青白く、隣の川辺さんのおばさんと、神妙に話しをしている姿が、子どもとは全く関わりの無い圭吾にも痛々しく見えた。


 圭吾の家はその浜田さんの家の左向かいになる。

 その浜田さんの家の脇に、お隣の川辺さんの家と隔てる形で路地がある。その路地で以前、この通りにある家の女子が、変質者に抱きつかれた。

 その路地を左に覗き、そのまま逆へ顔を向けば、圭吾の家の台所の窓がある。


「あれー」

  思わず小さく声を発した。

 いつもなら付いているはずの電気が、消えているー。しかし、換気扇の 音は聞こえる。

 ー換気扇を消し忘れて出かけたのかー。あの人の事だから、夕飯の仕度も忘れて、いなくなった女の子を探しているのだろうかー。


「飯くらいちゃんと作れよ」

  圭吾は野次馬な母を腹立たしく思いながら、玄関のドアを開けた。

「ちっ、鍵も掛けてねえのかよ」

  舌打ちすると、一間程の玄関の電気を付け、荒々しく靴を脱ぎ捨てて、玄関の上がり框直ぐの、換気扇の音のする台所を覗き込んだ。


「!!」

  圭吾は、玄関の照明が薄暗く差し込む台所に、ぼんやり浮かび上がる、黒い塊りを凝視した。

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