2-4
「ミラの…母さんと父さん……だな。」
「…ああ。」
間違いない。
何度もこの家に遊びに来た事があるから一目で分かった。
ミラの両親が、ミラの部屋の扉を叩いているのだ。
「あの男は誰だろう?」
「アイツに父さんか母さんのどっちかが咬まれて、感染したんだろうな。」
カトラスの分析は恐らく的を射ていた。
だが、今となってはそんなことはどうでもいい。
今無事を確認すべきはミラだけだ。
カトラスだけがミラの家に向かっていたのも、恐らくカトラスの両親が感染したからに他ならない。
「どうする?」
「…そういえば、こういう化け物が出てくる小説なんかでは、大抵頭を潰せば殺せたはずだな。」
「おい…、これはフィクションじゃねぇんだぞ?」
「でも他に方法が見当たらない。殺さなきゃ殺されるし、普通に考えても生き物は脳を損傷したら動けなくなるはず。」
…生き物か。
物を食うってことは生き物なんだろうが、どう見たって死んだ人間にしか…。
「何か武器になるものは無いか?」
「う~ん…。探してみるか。」
早くミラを助けたいのは山々だが、無闇に立ち向かって殺されては何にもならない。
ヤツらはミラの部屋の扉を叩くのに夢中だし、今のうちに、ただし、急いで探してこよう。
反対方面の扉の向こうには台所と、2階への階段があった。
と、どういうわけか、キッチンの角の所に農作業用の鍬が3本立てかけてあった。
「…何だってこんな所に?」
「いいじゃねえか。これを上手く使えば頭を潰せる。」
相手は3体いた。
1回使った鍬でもう1回振りかぶるのは隙が生じるから、1体に1本鍬を使うことにした。
3本の鍬を持って廊下の入り口に戻ってきた。
1本は右手側の壁に立てかけて、いざ、戦闘開始だ。
俺が壁を平手でバンと叩いた。
それでヤツらはこっちに気付いた。
面と向かうとその迫力で足がすくむが、迷ってはいられない。
ヤツらが走り出すのと同時に、2人で振りかぶった。
間合いはあっという間に詰められた。
俺の目の前に来たのはミラの母さん。
遊びに来るたびにお菓子を作ってくれて、ミラとは違い、おしとやかな笑いを絶やさなかった優しい人だ。
今は、餓鬼でしかない。
見ていられなかったが、目をつぶったら外すかもしれない。
思い切り相手を正面から睨み、正直泣きそうになりながら、思い切り振り下ろした。
刃がサクッと頭蓋を貫通し、脳を両断した。
カトラスはミラの父さんだったヤツを殺したようだが、もう1体、迫ってきている。
鍬ごとミラの母さんを押し飛ばして迫ってくるヤツを牽制しつつ、俺がもう1本の鍬を手にとって左に薙いだ。
鍬の刃はそいつのこめかみを通る縦のラインに突き刺さった。
そのままの勢いでそいつは左の壁に叩きつけられて動かなくなった。
心臓の動きがヤバイ。呼吸も、さっき落ち着けたはずなのにまた早くなってる。
手汗でベタベタになった手の平をズボンで拭きながらカトラスを見ると、カトラスも開いた口が塞がっていなかった。
「…どうする。もし、ミラがこの状況を見たら……。」
「でも、片付けようがねえよ。外に投げ捨てる訳にも行かないし…。」
「……くそ、何なんだこれは…。」
今更ながら、事態のあまりの異常さに背筋が凍る。
だが、立ち止まっていられない。
早くミラと合流しないと。
ミラの部屋の扉をコンコンと叩いた。化け物の叩き方と区別をつけるためだ。
「おい、ミラ! 無事か!? クイルだ! カトラスもいる! いたら出てきてくれ!」
「ミラ、大丈夫か!?」
2人で呼びかけた。
返事はない。だが、生きているはずだ。
その確信は強かった。何しろ、ついさっきまで喰人鬼がこの部屋に獲物を求めていたのだから。
案の定、そう長く経たないうちに扉の鍵が開く音がして、ノブが回った。
扉から離れる。
中から、怯えきって、泣き腫らした目のミラが出てきた。
その目が俺と合った時、"あの時"の顔で泣きながらすがりよってきた。
ハルメイが入れ替えで外に出された日の、もう2度と見たくなかったミラの泣き顔。
でも、今は泣き顔でもミラの顔を見れて本当に安心した。
「よかった、ミラ。無事だったんだな。」
俺は励ましのつもりでミラの背中を叩いた。
カトラスも、今日初めて笑顔を見せた。
だが、ミラは笑ってはいられなかった。
ミラがふっと、廊下の奥に目をやった。
「お母……さん? お父さ… い、いや… だ……」
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!」
泣き叫びながらひざまずいて両手をついた。
立っていることもできないほどのショックだったのだろう。
予想はしていた。
けど、いつの間にか俺も泣いていたのは想定外だった。
ミラの部屋を見ると、大きな窓があった。
カーテンが閉まっていたから外は見えないが、ヤツらが入ってくるのには十分な大きさだ。
今は大事な人の死を悲しむ暇も与えてはもらえない。
いつでも外には死が迫っている。
ミラの部屋の扉を閉めて、ミラの肩に手をやった。
俺も泣きながら、何とか励まして、ミラを立たせ、ダイニングへと誘導した。
死体を踏まないように、注意して。
そうして目を背けるように、廊下の扉を閉ざした。