2-3
少し住宅が集まっているようなところに来ると、ひどかった。
そこら中から悲鳴がする。
助けてくれという断末魔も聞こえる。
あとは咆哮と、鳥肌の立つような耳障りの悪い音だけ。
何の音なのかは知りたくなかったが、どこを見ても音の原因が目につく。
―――さっきの男みたいなヤツが、寄ってたかって生きた人間を喰らっているのだ。
いつの間にか、母さん…だったものはいなくなっていた。
別の獲物にかぶりついている様子が嫌でも浮かび上がる。
そして、俺も他人に構っている暇は無かった。
カトラスの家に行く途中、喰人鬼が俺を見つけていちいち追いかけてくる。
人間って、いざって時にはいくらでも走れる。
俺はカトラスたちに会いたいよりも、喰われたくないってだけでがむしゃらに走った。
ふと、目の前を誰かが走って横切っていった。
…見覚えがある。
いや、カトラスだ!
「おい、カトラス!!!」
叫ぶと、そいつはこっちを向いた。やっぱりカトラスだ。
カトラスは俺に気付いたハズだが、一瞬止まりかけてまた走り始めた。
慌てて後を追う。
こんな所で立ち止まったらあっという間に餌食になる。
そんなことは俺にも分かるから、カトラスを責めるつもりは毛頭ない。
しばらく速度を上げて、どうにか追いついた。
「カトラス、無事だったんだな。」
切れ切れの息でどうにか話しかける。
「ミラの家に行くトコだ。」
なるほど、カトラスの家に行ってからミラの家に行く手間が省けた。
「一体何なんだコイツら…。」
「良いから走れ!」
カトラスが叫ぶ。
ふと、道端でヤツらの1体に腕をつかまれて必死に振りほどこうとしている女と目が合った。
明らかに、絶望の中で助けを求める目だった。
だが、助けられるはずもない。
通り過ぎるまでに彼女は腕を噛まれ、更に2、3体にのしかかられて絶叫しながら見えなくなった。
「くっ……。」
何もできない。敵が速すぎる。
油断すれば俺が殺されるのだ。
――――――
さすがに、数分も走ると限界がきた。
両足がかなり痛い。数週間ダラダラ過ごした後に、いきなりしっかり農作業をやったみたいだ。
だが、ようやくミラの家が見えてきた。
…玄関が開いている?
不思議には思ったが、開いてなくて入れないよりマシだ。
2人して家に飛び込み、少し後ろにいた俺が玄関を閉めた。
と同時に足に力が入らなくなって尻餅をついてしまった。
必死で絶え絶えの息を整える。
しばらくして追いかけてきたアイツらが扉を例のごとく、叩き始めた。
「た、助かった……。」
カトラスが安堵の声を漏らしたので思い出した。
「いや、まだだ! アイツら、扉ぐらいなら簡単に壊しちまう!」
「な…嘘だろ?」
「俺の部屋の扉は母さん1人に壊されたんだ! 早くバリケードを!」
カトラスが言葉を詰まらせたが、考えている暇はない。
ちょうどここはダイニングだったようなので、置いてあるテーブルや椅子を片っ端から扉の前に積み上げた。
未だにヤツらは叩くのをやめないが、しばらくは大丈夫そうだ。
「よし、ミラを探そう。」
まだ足や呼吸器の痛みは消えないが、とにかくミラが心配だ。
「俺はこっちに行く。カトラスはあっちの……」
「…? クイル、どうした?」
玄関を叩く音で気付かなかったが、今指差した方の奥からも扉を叩く音がする。
「……ミラはこっちか。」
「何?」
「誰かが扉を叩いてる。」
「? ……あ、確かに。」
「行くぞ。」
カトラスが頷く。
恐る恐る行ってみると、開きっぱなしの扉の向こうにはちょっとした廊下があった。
その奥で、右手側の扉を叩いている3人の男女。
1人は知らない男だが、あとの2人は……。