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臭いをたどって外を見ると、1人の男が立っている。
逆光と涙で全身の様子はよく見えないが、輪郭で所々服がやぶけているのは見えた。
今度はなんだ?
さっきから唐突に事が進みすぎて脳みそが追いつかない。
その男はしばらく立ったままこちらを見ていた。
と、いきなり、こちらに走ってきて、そのまま俺に掴みかかってきやがった。
「!!!???」
全くもって理解不能。
とりあえずヤバイと思って、押し倒されつつも無我夢中でソイツの腹を蹴り飛ばした。
家の外に転がり出たところで、すかさず玄関を閉めた。
そいつはまだ諦めずに扉をドンドンと激しく叩いてくる。
…まさか、母さんはアイツに殺されたのか?
そう思うと、あの異常者の行動のどれに対しても吐き気がした。
まず、すごい吠えてる。
それこそ、獣か何かの真似をしてるみたいに、喉を鳴らして。
今も扉を叩きながら外でガナり立ててる…。
でも、凶器の類は何も持ってなかったぞ。
今、アイツはどうやって俺を殺そうとした?
大きなノック音で俺は我に返った。
こんな所で考え事してたら、そのうちアイツ入ってくるんじゃないか?
さっきからドアを叩く調子がずっと一定で、強い。
あんなヤツの力で破れるほどヤワな扉ではないだろうが、今すぐにでも大破しそうな気がしてきた。
俺はとりあえず、警察に通報することにした。
念の為いっておくが、ソフホーズ内とはいえ、一応警察はいる。犯罪も時々だが、発生する(ほとんどレジスタンスが関わってくるらしい)。
受話器を取り、ボタンを押そうとした丁度その時。
あの吠え声が、すぐ背後で聞こえた。
「…ッ!?」
全身から冷や汗がふき出し、背中に妙な緊張が走った。
振り返るのが怖い。
扉が壊れる音はしなかったが、……まさかアイツが………。
……だとしたら、すぐにアイツは襲ってくるだろう。
早く防御体勢に入らないと殺される!
意を決して、振り返った。
―――そこにいたのはあの男じゃなくて、母さんだった。
「か……母さん………?」
微塵も嬉しくなかった。
とにかく怖かった。
どう見たって死んでたはずの人間が、仁王立ちして、こっちを睨んでる。瞳孔は開ききったまま。
もう1度呼びかけようとしたとき、突然母さんは、さっきの男のように、吠えた。
すかさず俺は自分の部屋へ逃げ出した。
追いかけてくるのが足音ではっきり分かる。
でも、かなり速い。
必死で階段を駆け上がり、部屋の扉を開けて、中に入ってすぐ鍵を締めた。
ここまでの間、足音が徐々に近付いてくる恐怖でちびりそうになった。
母さんは、またさっきの男と同じように、部屋の扉をドンドンと叩き始めた。
その力が信じられないほど強い。
「に……逃げないと………。」
俺は必死で窓を開けた。
地上を見ると、地面は意外と近くに見える。
扉が壊れる音が背後で響く。
「マジかよ!?」
思わず声が出たが、振り返らずに、一気に飛び降りた。
着地した時に足にくる痛みが強かった。地面が見た目より遠かったからか。
だが、頭上からは母さんの吠え声がする。
夢中で駆け出した。
後ろを見ると、母さんは窓から飛び降りて、着地して、すぐ走り出している。
いつそんな運動神経良くなったんだ…。
遠くを見ると、大勢走ってきているのが見えた。
もう、確認するまでもない。
母さんもアイツらも、皆おかしくなっちまったんだ。
―――カトラスとミラは…!?