黒羽零士
秋人はいつものように春香と共に登校する。しかし、いつもと違い秋人の足取りは重く、顔色も悪かった。
「大丈夫ですか、兄さん。顔色が悪いですよ」
「いや、大丈夫だよ。元気だ」
春香が心配してきたが敢えて秋人は元気であると伝えた。春香には心配をかけたくなかったのだ。秋人の足取りが重いのも顔色が悪いのも全て昨日の魔法戦争が原因であった。死ぬかもしれないということ。茜や冬夜もそれに巻き込まれているということ。冬夜とは実際に戦ったことでできてしまった敵同士という関係。それに伴っての冬夜との接し方。これらが秋人の大きな悩みであった。
「じゃあ、兄さん。また後ほど」
「ああ、またな」
学校に着き、秋人と春香はそれぞれの教室へ向かう。
「・・・・」
秋人は教室の前にたどり着く。いつもなら立ち止まることなく扉を開けるなり教室へ入って行くのだが今回は扉を開けるのに少しためらう秋人。冬夜に会うのが気まずく怖かったのだ。
「ふう・・・・よしっ・・・行くか」
ようやく覚悟を決めた秋人は深呼吸してから扉を開けて教室に入る。
「・・・・いないみたいだな」
教室に入った秋人は冬夜の存在を探すがいないようだった。
「どうしたんですか、秋人君。そんな怖いオーラを漂わせて」
秋人が後ろを振り返るとそこには赤い髪のポニーテイルのいかにも女子にもてそうな優しげなルックスをした男がいた。彼の名前は黒羽零士。元クラスメイトで現在は隣のクラスの秋人の友人だ。
「おはよう、零士。俺はそんなオーラをだした覚えはないけどな」
「うーん、僕には君の背中に黒い何かを感じましたが。気のせいでしたかね」
幼い少年のような顔で考え込む零士。
「まあ、そのことはいいです。それより昼休み空いてますか。相談したいことがあるんですが・・・・」
いきなり零士の雰囲気が真剣味のあるものに変わる。
「ああ・・・・空いてるけど」
「ありがとうございます。では、また昼休みに」
秋人の言葉を聞いた零士の雰囲気はまた明るいものに戻り、その場を去って行った。
「なんなんだ・・・・あいつは。まあ・・・・いつものことか」
零士の雰囲気の変化に戸惑うもいつものことだとあえて気にしなかった。このあと、衝撃的な事実を知ることも知らずに。
結局冬夜は教室に来ることはなく、後からやってきた茜とも気まずさから一言も話すことはできないまま昼休みになった。
昼休みの始めに零士にメールで屋上に呼び出された秋人はすぐさま購買で数種類のパンを購入し、屋上へ向かった。
屋上の扉をあけるとそこにはかなり大きなパンを食べづらそうに食べている零士がいた。
「もわっへみはひはほ(まっていましたよ)」
「・・・・」
零士が何を言っているかはよく聞き取れなかった秋人であったがなんとなく零士の言っていることは想像できた。
「もっほまっへへふははいへ(ちょっとまっててくださいね)」
零士が秋人を待せないないようにパンを食べるスピードをあげて素早くパンを完食した。
「ふうー、美味しかった」
零士は秋人の存在を忘れているかのようにとても満足そうな顔をしていた。そして、同じ種類のパンを袋から取り出して食べようとしている。
「おーい」
いい加減本題に入りたかった秋人は零士に声をかける。
「あっ、すみません。ついついこのパンが美味しかったもので。秋人君も食べますか?ビッグBLTパン」
秋人にパンを差し出してくる零士。しかし、それを秋人が手で制する。
「悪いけど食いづらそうだし遠慮するよ。それよりここじゃないと話せないことがあるから俺を呼んだんじゃないのか?」
「そうそう、そういえばそうでした」
零士は今まで完全に忘れていたような顔で相槌をうつ。
「おいおい・・・・忘れてたのかよ」
そんな零士におもわずため息がでる秋人だった。
「僕が・・・・君を呼んだのはですね・・・・」
零士の雰囲気ががらっと不気味になる。そして、制服の袖をまくる。
「この痣のことについて話し合いをするためですよ。秋人君にも同じ痣が左手にありましたよね」
零士の腕には秋人の手にある痣と同じ楔型の痣があった。
「もしかしてお前も魔法戦争の参加者なのか」
秋人は零士の痣が信じられないと思いつつ、尋ねてみる。
「ええ、そうですよ。僕も魔法師の一人です。昨日の戦いでは1人の魔法師と戦闘をし、殺してきました」
「なっ・・・・」
零士から返された言葉は驚くべきものだった。秋人はそんな零士の言葉に驚かされ一瞬黙るもすぐに秋人は零士に質問をする。
「お前は・・・・参加者全員を殺して生き残るつもりなのか」
「・・・・」
訪れる一瞬の沈黙。そして、零士が口を開く。
「もし、そうだったとしたら君はどうするつもりなんですか・・・・
その瞬間、零士の右手に鍵のような形をした剣が召喚される。
「なっ・・・・」
零士の召喚した剣に圧倒されつつも秋人はとっさに身構える。
「さあ、覚悟してください。あなたの死を!」
零士は剣から黒い炎を漂わせ、それを動力源にしてこちらに一気に迫る。
「くそっ、間に合わない」
秋人も魔法を発動しようとするが明らかに間に合わないのが自分自身でわかった。
「さようなら・・・・秋人君」
もう抵抗の手段のない秋人に零士は容赦なくきりかかろうとする。
「・・・・」
秋人は死を覚悟する。しかし、その心配はいらなかった。秋人を斬るはずだった剣は寸止めされていた。
「冗談です」
零士が明るい雰囲気に戻りそう言った。
「・・・・」
ビビりきった秋人は地べたに座りながら何も言えないでいた。それを気にしないかのように話を進めた。
「僕が君を殺せるわけないじゃないですか。秋人君は僕の命の恩人なんですから。救われたこの命、君を魔法戦争で生き残らせるために戦いますよ。君以外を全員殺した後で僕が死ぬ・・・・それが僕の今後の方針です」
「・・・・そんなのは認めない」
呟くように秋人はそう言った。
「えっ?」
予想外の言葉に思わず疑問の声を漏らす零士。
「そんなのは認めないって言ってるんだ。他の参加者を犠牲にして自分だけが生き残るなんて俺にはできない。参加者の中には俺の友達がいるんだ。そいつらのいない人生を送っても意味なんてないんだ。俺は誰も殺さず、誰も犠牲になることなくこのふざけた戦いを終わらせたい」
「ふざけたことを・・・・で、どうするんです?」
秋人の言葉に声を上げる零士。
「主催者を倒せばいいんだよ。オーディンを倒す、それだけで俺たちの戦いは終わるんだ」
「・・・・ふっふっふ、はっはっはっは。おもしろいことをいいますね。でも、オーディンを倒すことは・・・・」
零士がそういいかけたとき、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴る。
「残念、時間ですね。この話は近いうちにまた」
そういって零士は去っていった。
「・・・・」
零士が去った後秋人は考えていた。
「俺は零士の魔法に全く反応できなかった・・・・このままじゃ零士をとめるところか戦いで俺は死ぬ・・・・このままで勝てるのか・・・・」
青空の下、秋人は自分の無力さに悩むのだった。