プロローグ 世界情勢混沌たり
プロローグです。
1950年4月26日 瀬戸内海
海軍大佐、三島智和は柱島泊地に浮かぶその城を見上げていた。いや、大きさからすれば城というより島であろうか。鋼鉄の質感がその巨大をさらに際立たせる。彼を乗せた短艇が艦尾に回る。
「はりま」
艦名が堂々と記されている。戦艦播磨。51㎝砲12門を搭載した、史上最強の戦艦。空母が多数就役する時代に産み落とされた、浮かぶ時代錯誤にして、連合艦隊旗艦。
「長官は、こいつに将旗を掲げることについてどう思っておられるのかな」
三島はそうつぶやいた。いつの間にか舷側ラッタルに到着していたらしい。艇長にご苦労、と言ってから彼はしっかりとした足取りでラッタルを登って行った。
「三島智和大佐、連合艦隊作戦参謀を命ぜられ、ただいま着任いたしました」
うん、と山口多聞連合艦隊司令長官は頷いた。
「すまんな、三島君。華の軍令部から前線勤務に呼び戻してしまって」
新任参謀は首を横に振った。軍令部はひどい仕事場だった。どいつもこいつも自分の言いたいことばかり、ちょっと人と違うことを言っただけでバカ呼わばりときた。まったく、あいつらいい年こいて尋常小学校のガキかよ。そんなことを一瞬のうちに考えた彼だったがすぐに長官に対し
「いえ。連合艦隊参謀を務めるのは帝海軍人の本懐。武人の誇りです」
と答えた。そうか、と言ってしばらく黙った山口だったが、
「ところで君、どう思うかね。合衆国が建造した大量の〈ゲティスバーグ〉級について」
「ああ、あれはでかい空母ですな。基準排水量45000t、艦載機140機。それを3年で27隻も建造してしまうんですから大したもんです」
彼はそう言って合衆国の国力を羨ましがった。ま、あれだけの空母を押し出してこられたら帝国海軍がいかに強大な戦艦戦力を持っていても瞬時に叩き潰されるのがオチでしょうな。〈葛城〉級大型装甲空母ですらたったの7隻。〈大鳳〉級などを叩きこんでも彼らの半分の航空戦力ですから。
「では、その差をひっくり返す策を練れ、と言われたらどうするね?」
一瞬三島はぽかんとした。そして、次の瞬間上官が何を言っているかを察した。
「まさか、長官。我が国が、対米戦に突入するとでも?」
「ああ。お偉方はやる気だよ。欧州連合を組んだ英仏独伊が持ちかけてきた。このままでは貿易摩擦で貴国もつぶされる。既に貴国は国民党を支援して満州軍閥支援の米国と半交戦状態ではないか、とね」
山口は吐き捨てるように言った。
「三島参謀。貴官に命じる。対米作戦の立案の中心たれ、君の対米戦研究の成果、見せてもらう」
なんてこった。三島は額に手をやった。俺は窓際のままのんびりしたかったのに。くそ、兵学校の時もっと手を抜いておけばよかった、恩賜組になるんじゃなかった。
同日
東京。内閣総理大臣吉田茂は、英国から帰国したばかりの首席秘書官白洲次郎を出迎えていた。
「御苦労さんだったね白州君。本来なら外務畑にやらせる仕事までさせてしまった」
白洲は端正な顔に不敵な笑みを浮かべていった。
「大丈夫ですよ総理。あなたの下にいたら苦労することがわからない私ではないですからね」
白洲とは長い付き合いの吉田は葉巻をくわえたまま笑った。
「イーデン君は何か言っていたかね?」
「政治については何も。ただ、われらがアンソニーは食事のとき、真っ先にシェファーズパイを切り分ける癖があると言ってましたね」
吉田はなるほどね、という。流石はジョンブル、早く来ないと分け前はないぞと言いやがる。蒋介石総統が聞いたら怒り狂いそうだな。
「アメリカの大統領はケネディか。あの策士を相手にするにはイーデンでは役不足じゃろうて。もっと老獪な狸爺こそが奴と張り合う存在にふさわしいな」
白洲はおいおい、と思った。おやっさんがやる気になっちまった。イーデンめ、あんた十分策士をやっていけるよ。そしてこう思った。イギリスで知り合った友人、軍人らしからぬ伊達者の三島は今頃何をやっているだろうかと。
4月27日 大ドイツ共和国 ベルリン
「ジーク・ハイル…」
「おいおい、もうその挨拶は必要ないんだ、ヘル・シュタウフェンベルク」
ドイツ共和国大統領エルヴィン・ロンメルは手を振って隻眼隻腕の参謀を出迎えた。
ヘル・ゲネラールと言いかけて、マイン・プレジデントと訂正したクラウス・フォン・シュタウフェンベルク参謀少将は国防軍式の敬礼をした。彼はかつて、ドイツを揺るがすクーデターでロンメルと共闘し、それ以来なぜかロンメルに気に入られている。
「アメリカーナはやる気になってしまったようだね」
「ヤー。すでに国防軍は動員準備に入っております」
どこまでやれるかな。兵站に疎いとはいえ、大統領となってから随分と勉強したロンメルは思った。対ソ戦以来随分と軍縮してしまったときに対米関係悪化だからな。今のところ対米侵攻作戦はないが、彼らがこちらに攻め寄せてくる可能性は皆無とはいえん。何せあれだけの大国だ。イギリスに橋頭堡を築かれた場合、我々がドーバーを渡って奪還するのは難しい。いや、それ以前にアイスランドに重爆撃機基地を作られる可能性が高い。地上戦となればそれなりにやれるかもしれんが、仏伊の陸軍は装備更新が遅れている。戦力として計算できるのはわがヴェアマハトとイギリス陸軍くらいか。
できれば彼らとは敵対したくなかったな。ロンメルの苦悩は始まったばかりだった。
1950年。世界の中で孤立しつつある米国と日本・欧州は戦火へと突き進みつつあった。
吉田首相の決断が少し変かもしれないです。
三島大佐はイギリス好きの伊達者で、白洲さんと友人設定。




