始まりの日
私、園田 柚には
ずっとずっと、好きな人がいる。
小学校4年生の時に、この街へ引っ越してきた。
前いた所のお友達とバイバイするのが寂しくて、最後まで駄々をこねた。
お父さんの仕事の事情だったっけ?
しょうがないことでも、小さな私は分からなかった。
だから引っ越し先についてもずっと下を向いていた。
黒いアスファルトだけが連なっていて何一つ面白くなかったけど、両親への少しの抵抗のつもりだった。
「おい。下ばっかみてんなよ!顔が可愛くなくなるぞ。」
そう言ったのはパパでもママでもお兄ちゃんでもない、知らない男の子。
でもびっくりして目線はゆっくり上へと上がっていった。
「ともや!年下の女の子にそんなこと言っちゃダメ!」
また聞こえた違う声は、知らない女の子。と言っても結構年上だ。
どうやらさっきの男の子は「ともや」くんというらしい。お兄ちゃんと同い年ぐらいかな?
女の子は優しく声をかけてくれたが、それでも驚いて怖がって、なおかつ人見知りの私はお兄ちゃんの後ろに隠れるように袖を握った。
「すいませんねぇ。コイツは人見知りなもんで。…話しかけて貰ったんだから名前ぐらい言いなさい。」
お父さんの声だ。コイツとは私のことだろうか?
どうしよう…自己紹介しなくちゃいけない…。
一番苦手なことなのに。不快に思われて嫌われてしまうかもしれない…。
「いえいえ、こちらこそ両親が出て来られないで、兄妹だけのお迎えになってしまって…。これからお隣さんになるのに……。」
そうか。男の子と女の子は兄妹なのか。しっかりしたお姉さんだ。
だが、お姉さんはお父さんのほうを見ていたのに視線を私に移して、私の目線の位置まで屈み込んできた。
ということは、視線がバッチリ合ってしまうことになる。
その行動にビックリした私がわけも分からず、うろたえていると…
「あたし守井 志子っていうの。こっちはあたしの弟で智哉っていうの。あなたは?」
優しい声と笑顔で尋ねられ、自然と緊張感が解れ知らず知らずに口が開いた。
「そ、そのだ…ゆじゅです。」
あぁ…!か、かんだ…。
ど、どうすれば…
「…かわいぃぃぃ〜♪ゆずちゃんね!あぁ…かんでテンパるところもまた可愛い♪」
お姉さんはそういうと私に抱きついてきた。
「ひ、ひゃぁ!…あ、う、む…。」
ビックリし過ぎて言葉が出ない。よく見るとお姉さんは凄く美人さんだ。
お姉さん抱きつかれたまま目の前にいる弟くん…智哉くんだ。
智哉くんに目を向けると鍵がかかるようにガッチリと視線が合った。
「あぁ〜ん。驚いた顔もまた可愛い♡」と言っているお姉さんに唖然としているパパとママも、智哉くんと私を交互に見つめながら唸っているお兄ちゃんも、目線には一ミリも入らなくて、智哉くんの瞳を見つめていた。
イケメンだ。
私にイケメンの定義などは分からないが、多分世の中ではこんな人がイケメンと称されるんだろうとは幼心にも思っていた。
彼は何を思っているのか分からない表情で私を見つめていたが、すごく長い時間(実際には30秒ぐらい)見つめ合っていたら、屈託のない笑顔で微笑みかけてきた。
その笑顔に体が硬直したが、なぜか頬は火照っているように思えた。
今思えば、この時から好きなのかもしれない。
ずっとずっと、あの笑顔が…好きなのかもしれない。