リストラ1日目。
今日、俺はパーティを追放された。
「足手まとい」
それが理由だった。
約5年もの付き合いは案外あっさり終わってしまって、心に大きな穴が空いたようだった。
「はあ、、、」
無意識にでるため息を抑えることもなく、1人とぼとぼと街を彷徨う。
日課だったギルドでの依頼探しも、仲間との話し合いもない。剣は磨いてあるし、ご飯も洗濯も済ませてある。こういう時に限って、いつもは不用意に絡んでくる他の冒険者も役人もいない。
心底、暇だった。
翌日、俺はソロ冒険者としての登録をするためギルドに向かった。まずは、受付でパーティから抜けることを伝える。すると顔馴染みの職員は、昨日すでに離脱の届が出ていると告げた。こちらを気遣うような物言いに、可哀想な冒険者のレッテルを貼られたように思えて、怒りと情けなさが込み上げた。
面倒な事務手続きをなんとか済ませ、せっかくならとソロ冒険者向けの依頼を見に行く。これまできちんと目を通したことはなかったが、なかなか面白そうな依頼がいくつか見つかった。ソロ初仕事で勝手がわからない以上、無理はしないよう実力と内容・報酬をよく検討する。数分考えた末に、俺は近くの農村にでる魔物駆除を選んだ。駆け出しの冒険者だったころ、よく受けていた依頼に似ており、多少の経験値はあると踏んだからだ。
簡単な確認と手続きのあと、早速俺は街を出た。少し歩いて村に着くと、村長に依頼を受けたことを話し、駆除の対象エリアへと案内してもらう。いくつかの農家の耕す畑の裏手が今回の依頼場所のようだ。村長と別れたあと、俺は畑の裏手から山の方へ進み警戒しながら魔物を探す。
とは言っても、こんな町近くの小さな村に出る魔物などたかが知れていて、せいぜいツノの生えたウサギか鳴き声がやかましいヤギくらいのものだ。当然油断すれば怪我につながるが、そこまで腕が落ちているとは思いたくなかった。
そこから約半日かけて、俺は十数頭の魔物を駆除した。案の定、出てきたのは角ウサギに毒ヘビにやかましいヤギだけだった。危なげなく仕事を終えた俺は一息つく。次第に日が傾いてきた。俺は村長に依頼の完了を告げに山を下りることにした。
油断はしていなかった。しかし、想定外だった。
突然、悲鳴が聞こえた。
俺は急いで斜面を滑り降りる。
畑近くまで下りてきたところで村人を見つけた。
「娘が、、。魔物に、、、!」
怯える農夫を非難させつつ、俺は辺りを素早く確認する。少し先から魔物の動く音が聞こえた。
武器に手をかけて静かに近づく。
そこにいたのは顔のふたつあるクマのような生物だった。牙は鋭く、見た目以上に機敏な動きを見せる大型魔獣だ。よく見るとその足元には、血を流した少女が転がっている。こいつで間違いないようだ。
冷静に分析すると同時に、俺はかなり驚いていた。
こんな町近くの村に出るような魔物ではないからだ。
加えて、ソロで立ち向かえる相手でもない。
どう少女を救出し逃げられるか。考える俺の正面側の薮から誰かが飛び出た。装備を見るに、若い冒険者のようだった。冒険者はひらりと身軽にクマの爪をかわしつつ、持っていた短剣で素早く切りつけていく。その様子から、慣れた冒険者であることを確信する。俺は作戦を変更し、少女の救出に専念することにした。
「この子はまかせろ!」
そう叫ぶと、俺の考えを理解したらしく、冒険者が軽く頷くのが見えた。薮から飛び出た俺はクマの死角に入り、その足元まで一気に詰め寄る。冒険者はクマの意識を引きつけるように鼻先を切りつけた。クマが痛みに悶え、動きが鈍る隙に俺は少女を抱えて全速力でその場を離れる。山を駆け抜け、村の広場まで戻り、怯える村人たちに声をかけつつ、すぐさま医者に少女を託す。途中で出会った農父と彼の妻であろう女性が泣きながら、医者に着いていくのが見えて、農父の無事に俺は安堵した。
村長に事態を報告し、ギルドに応援を頼む伝書鳩を飛ばしたところで、クマと戦ってくれた若手冒険者が見当たらないことに気がついた。血の気が引いた。てっきり退避したものと思い込んでいたが、もしや見殺しにしてしまったのではないか。俺はすぐに広場を飛び出し、クマのいたあたりまで一気に駆け上がる。
自分以外の生物の音を聞きつけ、慎重に様子を伺うとそこには追い詰められ暴れ狂うクマと足を負傷した冒険者の姿があった。クマは錯乱状態にあり、ケガなどお構いなしで暴れ回る。冒険者は自力での退避は困難そうで、クマを躱すので精一杯に見えた。一刻の猶予もない。俺は集中して、一気に間合いを詰めた。左側の顔が俺を見つける。爪が鋭く俺を狙うが、姿勢を低くして避ける。そのままの勢いでクマの左側の頭を下から剣を振り上げるように落とした。続けて自重をのせて力任せに右側の頭も落とす。痛みにあばれる爪と倒れる巨体に巻き込まれぬよう、勢いそのままに前に転がる。ついでにクマと向かい合っていた冒険者の首根っこを掴んで、一緒に藪に突っ込んだ。クマの倒れる振動がした後、しばらくして静寂が戻ったところで俺は薮から顔を出しクマが絶命したことを確認した。
「遅くなってすまない」
若手冒険者に声をかけながら傷の状態をみる。爪が当たったようで血が出てはいるが致命傷ではなかった。
「アンタ、強いな」
冒険者が口を開いた。こちらを見つめる目は何を考えているかよくわからなかったが、悪い気はしなかったので軽く礼を述べておく。冒険者は俺に依頼の内容や活動歴、得手不得手など基本的な質問を投げかけてきた。俺はそれに答えつつ、手早く止血をする。済んだところで冒険者を広場まで担いで下山していく。クマの処理はギルドの応援に託すことにして、まずは治療が優先だと本人とも確認が取れたからだ。
怪我人である冒険者をあまり揺らさないよう道を見極めながら歩いていると、冒険者が足首につけていたタグが目に入った。それは強さや歴を示す物で、見ればおおよその強さや所属パーティがわかるようになっている。あまりジロジロ勝手に見るものではないが、思わず目に入ったそれに俺は思わず声が出そうになる。
『ソロ・8年目・剣士・ランクA』
この国では、その活動の危険度と難易度から、ソロ冒険者で5年を超えた者は一流の腕前の持ち主と認められる。加えてランクAの剣士。魔物駆除など危険度の割に数がこなせない依頼の多い、剣士という職業でランクを上げていくことは容易でない。そもそもパーティ所属を含めても、ランクAなどザラにいる存在でないのだ。
なんとか声を抑えた俺を冒険者は見逃さなかった。
「ランクAが怪我とは不甲斐ないだろう」
「っ、そんなことはない。俺を、少女を逃すだけの余裕を生んだんだ。十分すぎる働きだ。」
動揺を隠すように早口でかえす。
「それはアンタもそうさ。アンタが素早く役回りを示した。それに合わせただけさ。
、、アンタ、本当はソロになって日が浅いだろ」
どきりとした。
手当の最中にさまざまな基本情報を尋ねられていた俺は、経歴や依頼については正直に答えていたが、ソロとしての活動歴については適当に流していた。まだ心のどこかで、リストラされたことを認められていないからかもしれない。
「同業者の見分けくらいつくさ。仲間に背中預けてきた人間の戦略の立て方だ。ソロじゃそうはならない」
そう言われて、自分の未熟さを指摘されたように思えた。ソロとして魔物に対峙しておきながら、瞬時に目の前の冒険者を仲間と捉えて、役割を押し付けてしまった。更に、武器も構えず魔物の足元に飛び出るなど、無謀にも程がある。たとえ怪我を負っても自力で対処するほかないソロ冒険者の目には、自殺行為に映っただろう。
「すまない、まだパーティ時代の癖が抜けないようだ。危険な目に遭わせて申し訳ない」
「謝るな。褒めてるんだ。もし本当にソロ2人がかち合ったのだとしたら、利益の取り合いさ。まともに救助なんて出来やしなかった。」
「そういうものか、、、。」
ソロは自尊心が高く、協力戦闘に向かない。一般に言われる性質だが、それは性格だけでなくギルドの評価方法に由来するのかもしれない。また一つ知見を得た俺は、ソロ冒険者初日にこんな良い先駆者に出会えた強運を噛み締めた。口には出さなくても、今後に不安はあった。しかし、この出会いが俺をソロ冒険者として成長させてくれる。そんな風に感じた矢先だった。
「アンタを褒めてる。強いと思っているから言うが、
アンタ、ソロ向いてないな。」
嘘偽りない意見であることは明らかだった。軽くショックを受けながら、その理由が知りたいと思った。
「なぜ、そんな、」
「だから俺とパーティ組まないか。」
「なっ、、、、、」
「ここでいい。あとは自分で歩ける。助かった。」
ちょうど広場に着いてしまった。俺の背中からひらりと下りると、なんでもないように冒険者はスタスタと医者の元へ向かっていった。俺はその真偽も、意図も掴めぬまま呆然と立ち尽くしてしまった。




