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悪魔、初めての「推し活」:魂の叫びとペンライト

「メフィスト、大変なの。……今すぐ着替えて」


 金曜の夜。帰宅した恵は、いつになく殺気立っていた。

 メフィストは優雅に読書をしていたが、彼女のただならぬ気配に背筋を伸ばした。


「どうした、恵。ついに新たな刺客でも送られたか? それとも、あのGという怪物が大群で押し寄せたか?」


「違うわよ! 友達が急に行けなくなっちゃったの! 今からドームで『LUCIFERルシファー』のライブがあるのよ! チケットを無駄にするなんて死んでもできない!」


「……ルシファー? 私の知り合いにか?」


「アイドルグループの名前よ! さあ、これに着替えて!」


 恵が差し出したのは、ド派手な銀色のパーカーと、「ルシ様しか勝たん」と書かれた真っ赤なハチマキだった。


 一時間後。メフィストは、数万人の女性たちが放つ凄まじい熱気に当てられ、ドームの客席に立ち尽くしていた。

 右手に赤いペンライト、左手に「推し」の顔写真が貼られた特大うちわ。


「恵……ここは、何だ? この異常なまでの魔力の高まりは。数万人の人間が、一つの対象にこれほどまでの執着を……いや、純粋な祈りを捧げている。これはもはや、大規模な召喚儀式ではないか」


「いいから、メフィスト! 始まったわよ! 叫んで! ルシ様ぁぁぁーーー!!」


 爆音とともに火柱が上がり、ステージにキラキラの衣装を纏った美少年たちが現れた。

 メフィストは、その瞬間を冷めた目で見ていた。

(ふん、ただの人間が着飾って踊っているだけではないか。この程度の輝きで、私の心を揺さぶることなど……)


 しかし、センターの少年がカメラに向かってウィンクし、甘い声で歌い始めた瞬間。

「……っ!?」

 メフィストは、心臓(概念)が跳ねるのを感じた。


「恵、待て。あの少年……。彼の声には、魂の深淵に直接響く特殊な波長が含まれている。これは……非常に危険だ。放っておけば、この数万人の魂が彼に持っていかれる!」


「それが『尊い』ってことなのよ! メフィスト、ペンライト振って!」


「くっ、私を操ろうというのか……。だが、彼のパフォーマンスを放置するのは悪魔のプライドが許さん。こちらも全力を出さねば……!」


 次の瞬間、メフィストの瞳に赤い燐光が宿った。

 彼は周囲のファンたちの動きを完璧にトレースし、誰よりも高く、誰よりも鋭くペンライトを振り始めた。


「そこだ! 今のターン、軸がコンマ数ミリずれたが、それを補って余りある表情管理! おのれルシファー、やるではないか! 恵、次の曲は何だ! 色は何色だ!?」


「メフィスト!? あなた、私よりノリノリじゃない!」


「黙れ! 私は彼の『魂の輝き』を査定しているだけだ! ……おい、隣の者! その振り方は甘い! ルシ様のビブラートに合わせて、もっと手首をスナップさせろ!」


 いつの間にかメフィストは、周囲のオタクたちに完璧な「コール」を指導するリーダーと化していた。


 深夜。アパートに戻った二人は、玄関で力尽きたように座り込んでいた。

 恵は喉を枯らし、メフィストはハチマキがずれたまま、虚空を見つめている。


「……すごかったわね、今日のライブ」


「……ああ。認めよう、恵。人間とは、これほどまでに強大なエネルギーを、たった二時間の歌と踊りのために放出できる生き物なのだな。地獄の業火など、あのドームの熱狂に比べれば、ぬるま湯のようなものだ」


 メフィストは、手元のうちわ(ルシ様の顔写真入り)を愛おしそうに見つめた。


「恵。……次のライブはいつだ?」


「えっ、また行く気?」


「彼の魂の成長を見届ける義務がある。それに……あの『アンコール』の時の、彼の涙。あれは、私のコレクションに加える価値がある」


「それ、ただのファン心理だから」


 恵は笑いながら、スマホで次のチケットの先行抽選をチェックし始めた。

 悪魔は、地獄の契約書よりも大切な「ファンクラブ会員証」を手に入れるため、明日もまた、恵のわがままに付き合うことを心に決めるのであった。

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