悪魔、地獄のピクニックへ誘う:映える終焉とピザの罠
同窓会で嫉妬に狂い、すっかり「人間臭い男」に成り下がった自分を、メフィストは猛烈に恥じていた。
(いかん……。このままでは私は、ただの『顔が良いだけの居候』として生涯を終えてしまう。私は悪魔だ。彼女を恐怖させ、絶頂の果てに魂を奪う者だ……!)
「恵、明日は休みだろう。貴様を、私の故郷……『地獄の辺境』のピクニックに招待してやる。人間界のチープな遊園地など足元にも及ばない、真の非日常を見せてやろう」
「え、地獄? パスポート要る? あ、でも明日天気いいみたいだし、お弁当作って行こうか」
「……ピクニックだと言っているだろう。毒の霧と嘆きの川を眺めながら、自らの命の儚さを噛み締めるのだ」
翌日。二人は、代々木公園に行くような軽装で(恵は保冷バッグまで持っている)、メフィストが指一本で開いた「空間の裂け目」へと足を踏み入れた。
そこは、紫色の空に三つの月が浮かび、クリスタルのように尖った岩山が連なる、不気味ながらも幻想的な世界だった。遠くからは、魔獣の咆哮が地鳴りのように響いている。
「さあ、見ろ。これが人間が恐れ、詩人が謳った地獄の入り口だ。恵、貴様の心臓は恐怖に早鐘を打って……」
「わああああ! すごい! 何これ、空がグラデーションになってて超綺麗! メフィスト、ちょっと私のスマホ持って。逆光にならないように撮って!」
「……は?」
恵は恐怖するどころか、最新のiPhoneを構え、魔界の絶景をバシャバシャと撮影し始めた。
「見て見て! この岩、フィルターなしでも『映え』すぎじゃない? #地獄なう #異世界転生 みたいな! 100万いいね確定だわ」
「喜ぶのはまだ早い。見ろ、あそこから来るのは『魂を裂く者』……地獄でも恐れられる狂暴な……」
背後から、目から緑色の炎を噴き出し、何十もの牙を持つ巨大な黒犬が現れた。
メフィストは、恵が自分の胸に飛び込んでくるのを期待して待ち構えた。
「きゃっ! ……て、これ、大きなワンちゃんじゃん! もふもふしてるー!」
恵は保冷バッグから、昨日残った「鶏のから揚げ」を取り出し、魔獣の鼻先に差し出した。
「ほら、お座り! 食べたいの?」
「……恵、やめろ! それは生きた人間の肉しか……」
魔獣は、から揚げの香りを嗅ぐと、急に尻尾(蛇の形をしている)を激しく振り始め、恵の手をペロペロと舐めた。
「可愛いー! メフィスト、この子お腹空かせてるよ。もう一個あげていい?」
「……プライドはないのか、ソウル・リッパー。貴様は先代の王にも恐れられた……。おい、腹を見せて転がるな! 悪魔の面汚しめ!」
結局、二人は毒の沼のほとりで、レジャーシートを広げた。
恵が買ってきたデリバリーピザを、メフィストは無言で頬張っている。
「ねえ、メフィスト。ここ、意外と静かでいいところだね。Wi-Fiが繋がらないのは困るけど、たまにはこういうデジタルデトックスも必要かも」
「……デトックス。地獄を、健康法の一種のように言うのは貴様だけだ」
メフィストは溜息をついた。
自分が用意した「絶望的な恐怖」は、彼女の「好奇心と適応力」にすべて飲み込まれてしまった。
「でも、ありがとう。こんな遠いところまで連れてきてくれて。……私、あなたと一緒にいると、どこにいても『最高だ』って思っちゃいそうだよ」
メフィストの動きが止まった。
その言葉は、契約の解除……あるいは成立の合図である「時よ止まれ、お前はいかにも美しい」に、限りなく近かった。
しかし、メフィストは指を鳴らし、彼女の言葉を遮るように無理やり空間を閉じた。
「……ふん。まだ早い。こんな安ピザと魔獣のから揚げ程度で満足されては、私の鑑定眼が疑われる。……帰るぞ。明日は、貴様の好きな『パンケーキの新作』が出る日だ。そちらの方が、地獄の絶景よりも価値があるのだろう?」
「あ、忘れてた! 早く帰って寝なきゃ!」
夕暮れの部屋に戻ってきた二人。
恵が撮影した「地獄の自撮り」を見返している横で、メフィストは窓の外を眺めていた。
(……危なかった。彼女が満足した瞬間に魂を奪うのが、私の仕事。だが……それをした瞬間に、この『騒がしい日常』が消えてしまうのだとしたら)
悪魔は、自分の心のどこかに、永遠に解けない「愛」という名の呪いが刻まれていることを、静かに受け入れ始めていた。




