表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/15

悪魔、地獄のピクニックへ誘う:映える終焉とピザの罠

 同窓会で嫉妬に狂い、すっかり「人間臭い男」に成り下がった自分を、メフィストは猛烈に恥じていた。


(いかん……。このままでは私は、ただの『顔が良いだけの居候』として生涯を終えてしまう。私は悪魔だ。彼女を恐怖させ、絶頂の果てに魂を奪う者だ……!)


「恵、明日は休みだろう。貴様を、私の故郷……『地獄の辺境リムボ』のピクニックに招待してやる。人間界のチープな遊園地など足元にも及ばない、真の非日常を見せてやろう」


「え、地獄? パスポート要る? あ、でも明日天気いいみたいだし、お弁当作って行こうか」


「……ピクニックだと言っているだろう。毒の霧と嘆きの川を眺めながら、自らの命の儚さを噛み締めるのだ」


 翌日。二人は、代々木公園に行くような軽装で(恵は保冷バッグまで持っている)、メフィストが指一本で開いた「空間の裂け目」へと足を踏み入れた。


 そこは、紫色の空に三つの月が浮かび、クリスタルのように尖った岩山が連なる、不気味ながらも幻想的な世界だった。遠くからは、魔獣の咆哮が地鳴りのように響いている。


「さあ、見ろ。これが人間が恐れ、詩人が謳った地獄の入り口だ。恵、貴様の心臓は恐怖に早鐘を打って……」


「わああああ! すごい! 何これ、空がグラデーションになってて超綺麗! メフィスト、ちょっと私のスマホ持って。逆光にならないように撮って!」


「……は?」


 恵は恐怖するどころか、最新のiPhoneを構え、魔界の絶景をバシャバシャと撮影し始めた。


「見て見て! この岩、フィルターなしでも『映え』すぎじゃない? #地獄なう #異世界転生 みたいな! 100万いいね確定だわ」


「喜ぶのはまだ早い。見ろ、あそこから来るのは『魂を裂くソウル・リッパー』……地獄でも恐れられる狂暴な……」


 背後から、目から緑色の炎を噴き出し、何十もの牙を持つ巨大な黒犬が現れた。

 メフィストは、恵が自分の胸に飛び込んでくるのを期待して待ち構えた。


「きゃっ! ……て、これ、大きなワンちゃんじゃん! もふもふしてるー!」


 恵は保冷バッグから、昨日残った「鶏のから揚げ」を取り出し、魔獣の鼻先に差し出した。

「ほら、お座り! 食べたいの?」


「……恵、やめろ! それは生きた人間の肉しか……」


 魔獣は、から揚げの香りを嗅ぐと、急に尻尾(蛇の形をしている)を激しく振り始め、恵の手をペロペロと舐めた。


「可愛いー! メフィスト、この子お腹空かせてるよ。もう一個あげていい?」


「……プライドはないのか、ソウル・リッパー。貴様は先代の王にも恐れられた……。おい、腹を見せて転がるな! 悪魔の面汚しめ!」


 結局、二人は毒の沼のほとりで、レジャーシートを広げた。

 恵が買ってきたデリバリーピザを、メフィストは無言で頬張っている。


「ねえ、メフィスト。ここ、意外と静かでいいところだね。Wi-Fiが繋がらないのは困るけど、たまにはこういうデジタルデトックスも必要かも」


「……デトックス。地獄を、健康法の一種のように言うのは貴様だけだ」


 メフィストは溜息をついた。

 自分が用意した「絶望的な恐怖」は、彼女の「好奇心と適応力」にすべて飲み込まれてしまった。


「でも、ありがとう。こんな遠いところまで連れてきてくれて。……私、あなたと一緒にいると、どこにいても『最高だ』って思っちゃいそうだよ」


 メフィストの動きが止まった。

 その言葉は、契約の解除……あるいは成立の合図である「時よ止まれ、お前はいかにも美しい」に、限りなく近かった。


 しかし、メフィストは指を鳴らし、彼女の言葉を遮るように無理やり空間を閉じた。


「……ふん。まだ早い。こんな安ピザと魔獣のから揚げ程度で満足されては、私の鑑定眼が疑われる。……帰るぞ。明日は、貴様の好きな『パンケーキの新作』が出る日だ。そちらの方が、地獄の絶景よりも価値があるのだろう?」


「あ、忘れてた! 早く帰って寝なきゃ!」


 夕暮れの部屋に戻ってきた二人。

 恵が撮影した「地獄の自撮り」を見返している横で、メフィストは窓の外を眺めていた。

(……危なかった。彼女が満足した瞬間に魂を奪うのが、私の仕事。だが……それをした瞬間に、この『騒がしい日常』が消えてしまうのだとしたら)


 悪魔は、自分の心のどこかに、永遠に解けない「愛」という名の呪いが刻まれていることを、静かに受け入れ始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ