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悪魔、プレゼントを買う:魂の輝きと給料三ヶ月分

 恵の風邪がすっかり治ったある土曜日。

 メフィストは、リビングで一人、深刻な顔をしてスマホを操作していた。検索履歴には「人間 女性 喜ぶ 貢ぎ物」「宝石 呪われていない 本物」といった不穏な単語が並んでいる。


(……あの時、恵は言った。私がいないと魂が取れない、と。ならば、彼女の生命維持を助けた私に対する、感謝の儀式があってもいいはずだ。……いや、違うな。これは快気祝いという名の、効率的な『懐柔策』だ)


 メフィストは自分の動悸を「悪魔的本能」だと決めつけ、部屋から出てきた恵に声をかけた。


「恵、支度をしろ。今日は貴様に『光り輝く石』を買い与えてやる。貴様の細い指を飾るにふさわしい、最高位の石だ」


「……え? プレゼント? 嬉しいけど、どうしたの急に。宝くじでも当たった?」


「フン、宝くじなどという確率論に魂を売るか。……私のヘソクリ(※以前、近所の子供たちに手品を見せて貰った小遣いや、不用品をメルカリで売った金)だ。文句を言わずについて来い」


 二人が辿り着いたのは、銀座の並木通りにある、格式高い超高級ジュエラーだった。

 ドアマンが恭しく扉を開けると、そこには静寂と、数千万円クラスのダイヤモンドが放つ光が満ちていた。


 恵は一歩入った瞬間に怖気づいた。

「……ちょっと、メフィスト! ここ、場違いよ! 私の年収より高い石がゴロゴロしてるわよ!」


「案ずるな。石の価値など、魂の重さに比べれば誤差のようなものだ。……おい、店員。この店で一番『魂の波動が強い』石を持ってこい。できれば、かつて王族を破滅させた歴史のあるようなやつだ」


「メフィスト、やめて! 呪われてるやつは要らないから!」


 飛んできた店員は、メフィストの放つ圧倒的な高貴さと、口にしている物騒なセリフのギャップに戸惑いながらも、最高級のリングをトレイに乗せて運んできた。


「こちらは、5カラットの最高級ダイヤモンド、『エトワール・ド・アンジュ』でございます。お値段は……3,500万円となっております」


「ほう、なかなか良い輝きだ。恵、これをはめてみろ。貴様の魂が、この石の光で少しはマシに見えるだろう」


「……無理! 無理無理無理! 怖くて指が震えるわよ! メフィスト、もう帰ろう、お願い!」


 店を出た二人は、銀座の歩行者天国を歩いていた。メフィストは不機嫌そうに鼻を鳴らしている。


「なぜだ、恵。あの石があれば、貴様の地位も名声も思いのままであったものを。人間の女というものは、ああいった光る炭素の結晶に目がないのではないのか?」


「……あのね、メフィスト。あんな高いもの貰っても、怖くて着けて歩けないわよ。それに、今の私が欲しいのは『そういうの』じゃないの」


「……。ならば、貴様は何を欲しているというのだ。魂の安らぎか? 永遠の命か?」


 恵はふと立ち止まり、路地裏にある小さなアクセサリーショップを指差した。

 そこには、手作り感のある、素朴なシルバーのリングが並んでいた。


「……あれ。あの星の形をしたやつ。あれが、今の私には一番似合ってると思う」


 メフィストは絶句した。

「……三千円!? 貴様、私の鑑美眼を侮辱しているのか? あの三千万の石と、この三千円の鉄屑……どこに価値の差があるというのだ!」


「価値っていうのはね、値段じゃないのよ。……あの日、あなたが買ってきてくれた冷えピタ、すっごく嬉しかった。それと同じくらいの『ちょうどよさ』が欲しいの」


 結局、メフィストは渋々ながらも、その三千円の星のリングを恵に買い与えた。


 夕暮れのカフェ。恵は自分の薬指にはめられた、小さなシルバーリングを光に透かして見ていた。


「……うふふ、可愛い。ありがとう、メフィスト。大切にするね」


「……勝手にするがいい。まったく、理解不能だ。三千万を捨てて三千円を選ぶとは、貴様の魂は経済観念というものが欠落している」


 メフィストは相変わらず文句を言っていたが、リングを眺めて幸せそうに微笑む恵の手を、そっと見つめていた。

(……あの高価なダイヤモンドには、欲望の濁りがあった。だが、この安っぽい銀の輪は、彼女の純粋な喜びで、どの宝石よりも澄んだ光を放っている……)


 彼はふと、自分の胸のあたりが微かに熱くなるのを感じた。


「恵。……その指輪を失くすなよ。それが貴様の指にある限り、いかなる病魔も、いかなる不幸も、私がこの手で叩き伏せてやろう」


「……それ、指輪の力じゃなくて、あなたの力でしょ?」


「同じことだ。私が買い与えたものなのだからな」


 悪魔は、三千円のレシートを大事にポケットにしまいながら、コーヒーを啜った。

 魂を奪うためのプレゼントが、また一つ、彼を人間界に縛り付ける「絆」へと変わったことに、彼はまだ気づいていなかった。

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