完全課税国家
短い物語ほど、世界は極端になります。
この話に出てくる制度はすべて架空ですが、もしかしたら現実と少しだけ似ているかもしれません。
深く考えずに読むのも、深く考えて読むのも自由です。
――ただし、この国では思考に税金がかかります。
その国では、すべてに税がかかった。
最初はささやかなものだった。酒税や煙草税のように、嗜好品だけだった。それがいつの間にか拡大し、水道税、歩行税、発声税、瞬き税と増えていった。政府は言った。
「税とは文明の証です」
誰も反論できなかった。反論税があったからだ。
私が生まれたときには、すでに泣き声課税が存在していた。産声を上げた瞬間、父の口座から金が引かれたらしい。父は笑っていたが、あとで明細を見て青ざめたという。
学校では税教育が徹底されていた。算数は税率計算、国語は納税誓約文、体育は効率的な動作による節税運動だった。先生は黒板に大きく書いた。
「無駄な動きは国家の損失です」
生徒はみな、最小限の呼吸で生きる訓練をした。息を浅くすれば呼吸税が減る。瞬きを減らせば視覚使用税が下がる。やがて教室は、ろう人形の集会のように静まり返った。
だが政府は満足しなかった。
ある日、新税が発表された。
思考税。
国民はざわめいたが、ざわめき税が即座に課されたので沈黙した。政府は続けた。
「思考は高度な国家資源を使用します。よって課税対象とします」
測定方法は簡単だった。国民全員の首に思考計が装着された。脳波を読み取り、考えた分だけ請求される。
最初に破産したのは学者だった。次に作家、哲学者、恋人たちが続いた。恋人たちは互いを思うだけで料金が跳ね上がったからだ。やがて人々は考えるのをやめた。
街は静まり返った。誰も悩まない。誰も疑問を持たない。誰も夢を見ない。完璧な秩序だった。
私はというと、平均的な納税者だった。考えないよう努力し、感じないよう訓練し、できるだけ存在感を薄くして生きていた。だがある日、どうしても疑問が浮かんだ。
――政府は、なぜここまで税を増やすのか。
その瞬間、首の装置が赤く光った。高額請求の警告だった。私は慌てて思考を止めようとしたが、「止めなければ」という思考が発生し、さらに加算された。額はみるみる増えていった。
翌日、徴税官が来た。
「未納があります」
「払えません」
「では差し押さえです」
部屋の家具、衣服、食料が持っていかれた。最後に徴税官は私を見た。
「まだ資産がありますね」
「え?」
「あなた自身です」
私は国有財産として登録された。以来、私は国営思考労働者になった。政府の代わりに考える仕事だ。政策、法律、標語、税制度の改良案――あらゆる思考を強制的に行わされ、そのたびに思考税が発生した。
「待ってください。働いているのに税を取られるんですか」
「当然です。あなたは思考している」
「でもこれは国の命令です」
「命令であっても思考は思考です」
理不尽だったが、私は必死で考えた。考えなければ罰金、考えれば課税。どちらにしても借金は増える。帳簿の数字は雪崩のように膨らんだ。
やがて私は気づいた。
どうせ払えない。
そう思った瞬間、胸が妙に軽くなった。どうせ破産するなら、思いきり考えてやろう。私は好きなだけ想像した。海、星空、遠い国、まだ存在しない機械、子供のころの記憶。思考計は狂ったように回転した。
徴税官が飛び込んできた。
「やめろ! 国家予算を超過する!」
「知るか」
私は笑った。笑い税が加算された。
そのとき、警報が鳴り響いた。役人たちが青ざめて走り回る。
「どうした」
「計算不能です! 思考税総額が国家資産を上回りました!」
「何だと?」
私は理解した。
この国の通貨価値は、「国民が将来支払う税額の総和」を担保にしている。つまり税が増えるほど国家は豊かになる――はずだった。
だが私は考えすぎた。
私一人の未納額が、国家の総資産を超えたのだ。
その瞬間、通貨は紙くずになった。市場は崩壊し、銀行は閉鎖され、政府は担保を失った。
徴税官が震える声で言った。
「……君は国家を破産させた」
「そうらしい」
「責任を取れ」
「いいですよ」
私は静かに目を閉じた。思考を止めた。
計器が沈黙する。
役人が叫んだ。
「だめだ、考えろ! 少しでいい、税を発生させろ! 国家を維持するには納税が必要なんだ!」
私は何も考えなかった。
すると政府は非常事態宣言を出した。
「全国民に思考を命ずる」
だが長年の節税教育の成果で、誰一人考えられなかった。
こうしてこの国は滅びた。
最後に残った公式記録には、こう書かれている。
国家崩壊の原因:
国民が優秀すぎたため。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この作品は
「合理性を突き詰めると、人間は幸せになるのか?」
という思いつきから生まれました。
もし少しでも笑ったり、ぞっとしたり、考えてしまったなら――
あなたはすでに、この国の納税者かもしれません。




