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1話 注文を当ててみる!

【宿屋喫茶カヌレ】

 私の名前はナツ・マナドー。周りからはナツと呼ばれている。コツコツ真面目に頑張ってきた成果を認められ、カヌレの従業員リーダーとして働いている。

 今日のシフトは私含め四人だが、一人は体調不良でお休み、もう一人は買い出しへ行ったため、後輩のロンちゃんと二人でお客さんが来るのを待っている。

「なんか…めっちゃ暇ですね…」

 ロンちゃんが洗い物の済んだスプーンを布巾で拭きながら言う。ボーッとしすぎてもう長いこと同じスプーンを拭いている。摩擦で消滅させる気なのか。

「お昼のピーク終わっちゃったからねぇ…」

「これお店潰れません?大丈夫です?」

「国営だからよっぽど大丈夫だよ…あと、また夕方から修羅場始まるからね?営業終了まで、ずっと」

「修羅場イヤァ…」

 ようやくスプーンを置いたかと思えば伸びをして欠伸をして目を擦る。気だるさの三段活用。

 私よりも小柄なのにメリハリのある身体で、支給されている制服がよく似合っている。本当に腹立たしいが、完全な私怨のため今日も気にしていないフリをする。

「ていうか、夜の仕込みと客室の掃除と…あと、事務への報告、夕方までにやっておかないとダメだよ?」

「仕込みはある程度やりましたよ!掃除もほどほどに終わりましたし、今からマドレーヌに報告はそれなりにやっときますから~」

「全部中途半端か!仕事なんだからきっちりやんないとマスターに怒られるからね!?」

「ナツさん真面目ですよねぇ…」

「まじっ…!?」

 私は真面目を褒め言葉だと思っていない。ただ自分のやるべきことをやっているだけなのに、真面目と言われて責任ある役職を任される。今もこうして従業員リーダーとしてシフト表をいじくりまわしている。

 メガネと黒い髪がさらに真面目さを際立てているのだろうが、コンタクトなる異物を目に入れるなど正気の沙汰ではないし、母から受け継いだ髪色を変える気にはならない。

「私は真面目なんじゃなくて、やるべきことをやってるだけだからね?」

「えー、じゃあナツさん賭け事とかしたことあります?」

「か、賭け…?」

 あからさまに声が裏返った。

「あ、もちろん国法に引っかかるようなやつじゃなくてですよ」

「びっくりした…ロンちゃんを衛兵に突き出すことになるかと…」

「判断早すぎるんですよ。受話器持つのやめてください」

 呆れたロンちゃんに無理やり受話器を置かされた。

「例えばほら、じゃんけんで負けた方が奢りねー、とか。友達とやるやつあるじゃないですか」

「友達間で金銭のやり取りなんて崩壊の第一歩じゃないの…?」

「そういうのとはまた違うと思いますよ多分。…そしたら、今から私と初賭け事しません?」

「え、仕事中だよ?」

「仕事中だからこそです。賭け事中にお金が発生するなんて、全ギャンブラーの夢ですよ?」

 ロンちゃんの将来に不安を覚える私を他所に、目を輝かせながら説明を始める。

「今から来るお客さんの雰囲気だけで、注文するメニューを当てるってやつです」

「え、ピンポイントで?難しくない?」

「いや…何系かを当てれたら1ポイント、メニュー名まで当てれたら3ポイントっていうのはどうでしょう?」

「なるほど…手堅く肉料理って言って当たったら1ポイントだけど、ドルチェ牛のステーキにして当たったら3ポイントで差をつけられるってことね?」

「そうです。全五回戦で、負けた方が今日の夜ご飯奢りでいきましょう!」

「…面白いけど…ロンちゃん仕事中にこんなことばっかり考えてるの…?」

「仕事中に本当に仕事のことしか考えてないのはナツさんくらいですから!ほら、やりますよ!」


 少ししたら最初のお客さん、もとい予想対象がやってきた。

「いらっしゃいませー」

 いつもなら元気よく挨拶をするところだが、どんな風貌のお客さんかを吟味することに意識が集中する。だいぶ無愛想になってしまった。なんせ夜ご飯がかかっている。

 「おー、ナツちゃんロンちゃんお疲れ様。今日は二人なんだ」

「あ、ユリウスさん、こんにちは!そうなんですよ、今は二人でまわしてます」

 常連のB級冒険者、ユリウスさん。見た目も話し方も気さくなおじさんって感じだけど、一度敵と対峙すればニ対の斧を巧みに使い勝利を収める、技巧派の斧使いだ。

 そして何より、彼は無類のお肉好き。普段はドルチェ牛のステーキかハンバーグ、小オークの丸焼きなんかを注文する。在庫さえあればワイバーンのステーキ一択なんだけど、なかなか手に入らない食材だから当然在庫切れだ。

「ご注文、お決まりになりましたらお呼びくださいね」

 先程の無愛想を取り返すように満面の笑みで接客をする。

「ナツさんナツさん。決めました?どうします?」

 ロンちゃんは一切接客をせずにユリウスさんの注文内容を考えていたようだ。同じ従業員という立場を忘れている。

「ユリウスさんだからね…うん。私は肉系で」

 最初に間違いなく1ポイントを取っておく最善の一手だ。戦略的には順当だろうし、ロンちゃんも同じような考えでいるはずだろう。

「じゃあ私は…ドルチェ牛のステーキにしますね」

「え、いきなり!?絶対肉系なんだから手堅くポイント取った方がよくない!?」

「いやいや、肉系確定ですし、できる限りポイント上げた方がいいですよ。難しい人ほど系統で攻めて、ラッキー1ポイント取るべきです」

 自信満々に語るロンちゃんを見て、生粋のギャンブラーの生き様を見た気がした。

「そうかな…でもこの1ポイントが差を生むかもしれないよ?」

「やっぱりナツさんは真面目ですねぇ…」

 真面目と言われると何も言い返せない。確かに手堅くポイントを稼ぐ戦略は真面目っぽいし、賭け事に向いていないかもしれない。

 反省している私のことなど知る由もないユリウスさんが声をかけてきた。

「ナツちゃん、ワイバーンって今日ないんだよね?」

「そうなんですよ。今日ちょっと入ってなくて」

「まぁないってことはいいことではあるんだけどね。ワイバーンの被害も年々減ってるらしいじゃない。んー、じゃあどうしよっかな…」

 なんてことない世間話も普段は楽しむのだが、今は早く注文してくれとしか思えない。ごめんなさいユリウスさん。

「じゃあね、このドルチェ牛の」

「ひっ!」

「な…どうしたの?大丈夫…?」

「あ、すみません大丈夫です。ちょっとしゃっくりが…」

「そ、そう…?」

 後ろでロンちゃんが睨んでいるのが背中越しに分かる。当然注文を誘導するようなことをしてはならない。

「ドルチェ牛のね、んー…ステーキ…ハンバーグ…山菜炒めもいいなぁ…」

 早くしてくれ!と優しいユリウスさんに悪態をつきたくなる。ユリウスさんの注文ルーレットでドキドキする時間は正直もったいない。

「うん、ハンバーグかな!お願いできる?」

「……っはい!!!少々お待ちくださいっ!」

 私至上最高の笑顔で接客ができた瞬間だったと思う。


「いやー、私めっちゃ惜しかったですね!」

 ロンちゃんは悔しそうにユリウスさんが平らげたお皿を片付けている。

「ドルチェ牛って言われた時はヒヤヒヤしたよ…とにかく私が1ポイントだね」

「そうですね…っていうか!注文されそうになった時のあの『ひっ!』てやつ!やめてくださいね次から!」

 不満をぶつけるロンちゃんを分かった分かったとなだめていると、次のお客さんがやってきた。

 

 次の接客はロンちゃんが行い、私はお皿を洗っている。いや、皿洗いという名の吟味タイムだ。

 常連ではない若い女性、見た目からして冒険者でもなさそうだ。服装や体型にかなり気を使ってそうに見える綺麗な人、おそらく肉系は食べないだろう。さらに時間はお昼時をゆうに越えているためガッツリご飯ではないとなると…

 接客を終えたロンちゃんが小走りでやってくる。

「ユリウスさんと違って難しいですね…どうします?」

「私は、彩りスライムのジェラートにする」

 彩りスライムのジェラートは赤青緑三色のスライムといくつかの素材を合わせて作ったカヌレの人気スイーツ。お昼時を過ぎた女性が頼む可能性は高い。

「お、メニュー名できましたね?」

「1ポイントリードしてるからね。気持ちが楽だから」

「じゃあ私は、ピストルフィッシュの塩レモンパスタにします」

「えっ…!?」

 驚きのあまり言葉を失った。負けている状況にも関わらずメニュー名で攻めてきた。確かにそのメニューは期間限定だからある程度人気はあるけど、お昼時を越えているこのタイミングで選択する度胸は私にはない。ロンちゃんは完全に賭け事を楽しんでいる。

「すみません、注文お願いします」

 私が愕然としていると、女性のお客さんがロンちゃんを呼んだ。

「はい、お待たせしました」

「ピストルフィッシュの塩レモンパスタで」

 

 ガシャーン


「し、失礼しましたー」

 うっかりシンクの中でお皿を落としてしまった。心配そうに見つめるお客さんとしたり顔で見つめるロンちゃん。二人の視線が痛い。

 どうしてロンちゃんはピンポイントで分かったのだろう。お皿を割ってしまった罪悪感よりも、真相を究明したい気持ちが勝っている。早くパスタを提供して帰ってもらおう。


 空になったお皿を持ってきたロンちゃんに食い気味で質問する。

「さっきのなに!?どうやって分かったの?」

「いやぁ…さっきの方、入ってくる時一瞬お腹さすってたんですよ」

 あまりの勢いに後ろに仰け反ったロンちゃんが答える。

「え、そうだった…?」

「ナツさんお皿洗ってて見えなかったかもですけどね。だからお腹すいてるのかなって思って」

 得意げにカラクリを説明するロンちゃんと熱心に聞く私は、さながら先生と生徒のようだ。

「で、服装が最近流行ってるコーデの詰め合わせーって感じだったんで、流行りのものとか期間限定に弱いのかなーって思って、期間限定料理の賭けにでましたね」

「ロンちゃん…このゲーム何回もしたことある…?」

「いやありませんよ!私だってずっと遊んでるわけじゃないんですよ!」


 これで私は1ポイント、ロンちゃんは3ポイント。このままでは私の負けは確実。

 深読みに深読みを重ねた私は三回戦、お肉なんて数十年食べていないであろうおばあちゃんに対して「小オークの丸焼き」を選択。有利なロンちゃんは「魚系」を選択し、手堅く1ポイントを加算したが、嬉しさよりも笑いを堪えるのに必死な様子だ。私だって焦っているんだから、そんなにバカにしないでほしい。

 続いて四回戦、冒険者パーティ四名が来店。私たちの選択は一つにして、誰か一人でもその注文をしたらポイント、という特別ルールを設けた。

 有利なロンちゃんは再び「魚系」を選択する安定した戦略。私は大皿料理「荒ぶるチーズのじゃがフライ」を選択し逆転を狙う。

 団体客に人気なじゃがフライはしっかり的中したけど、一人が魚料理を注文したせいでお互いにポイントが入った。

 こうして私が4ポイント、ロンちゃんが5ポイントの大接戦。

 私が1ポイントだけ取っても、もしロンちゃんが1ポイントでも取ってしまえば私は負ける。必然的にメニュー名を選ぶしかない。私が3ポイントを取れば、ロンちゃんも3ポイントを取らないと負けてしまう。メニュー名を当てざるを得ない。

 雑談から始まったちょっとした賭け事のはずだったが、思わぬ波乱な展開に不安と興奮が入り交じっている。これがギャンブルか…


「いらっしゃいませー!」

 五回戦の始まりを告げる扉を開く音に、二人して声を張り上げる。ついつい力がこもってしまう。

 服装や武器から察するに冒険者だろうが、何より目を見張るのはオークと見間違えるほどの大きな巨体。どうやって扉入ったんだ。絶対入れないだろう。

 これは肉系以外考えられない。いや、あえて魚系の可能性もあるか…?

 脳内をフル回転させながら接客を開始する。

「ご注文お決まりになりましたらお呼びください」

「あぁ、ありがとうね。初めて入ったけど、美味しそうなメニューがいっぱいだねぇ」

「本当ですか!ありがとうございます」

 賭け事中とはいえ、お店のことを褒められるのは嬉しいものだ。

 その時ふと、ある匂いが鼻腔をくすぐった。雷に打たれたような衝撃が走る。

 この勝負、もらったかもしれない。


「ナツさん、私決めましたよ。めちゃくちゃ悩みましたけどね…」

「ロンちゃんは何にするの?」

「小オークの丸焼きです。ドルチェ牛のステーキか悩みましたけど、やっぱりこの店でトップクラスにボリュームのある料理を頼むんじゃないかなって」

 ロンちゃんが手を顎に当てて名推理を披露する。

「ナツさんは何にします?」

「私はね…」

 一呼吸おいて自信満々に答える。

「カヌレ特製スペシャルパフェ…かな」

「え、スイーツ系ですか!?最後にそんな大冒険しなくても…!」

 自分の予想であのロンちゃんを驚かせたのが少し嬉しい。これで真面目を卒業したと思ってもらいたい。

「いや、理由もあるんだよ。さっき接客した時にね、匂いがしたんだよね」

「匂い…ですか?」

「うん。ニンニクの匂い」

「……!?まさか…!」

「そう。多分彼、この店が二軒目…!食事が好きそうなあのお客さんがこの時間まで食べることを我慢できるとは思えない。つまり、どこかでご飯を食べてきたけど小腹が空いてここに来たってこと…!」

「そうなると味の変化が欲しくなります…」

「でも初めて来るお店だから、何を頼めばいいのか分からない。そうなるとスイーツ系の中でも一番大きくメニュー表に載っている王道を選ぶのが必然…!」

 お客さんの匂いから予想したり、食事が好きそうと偏見を述べてみたり、接客業として間違いなく失格ではある。

「すみません。注文いいですか?」

「あ、はいー!」

 私は自信たっぷりに歩を進める。

「ご注文お伺いします!」

 緊張の一瞬。メニューを指さす動作がスローモーションに感じられた。

「えっとね、じゃあこれ。スペシャルパフェ、一つお願いします」

「…!スペシャルパフェで!よろしかったでしょうか!」

 勝った!私はこの戦いの中で成長した!こんな勇気ある選択をして、もう真面目なんて言わせないし、夜ご飯はめちゃくちゃ高いものを奢ってもらう!

「あ、それでね。食後に小オークの丸焼きで」

「……ん?はい?」

 聞き間違いかな?

「あ、スペシャルパフェと、食後に小オークの丸焼きで」

「食後…ですか」

「あ、うん。多分甘いもの食べたらしょっぱいもの食べたくなるから…」

「あー…お気持ちとても分かります…けど…」

「あ、本当?僕ね、さっき他のお店でステーキを食べてきたんだけどね。甘いもの食べたくなって入っちゃったんだよね。でも多分、またお肉食べたくなっちゃうだろうからね、先に頼んでおこうと思って」

 恥ずかしそうに笑うお客さんに愛想笑いを浮かべることしかできなかった。いや、食後の丸焼きは想定できなかったし、そもそも想定しててもロンちゃんの正解は防ぎようはなかったけど。

 後ろでロンちゃんがガッツポーズをしている。お客さんはパフェを心待ちにしている。

「……かしこまりましたぁ、しばらくお待ちくださいぃ…」

 私至上最低の笑顔でパフェを作りにキッチンへと戻る。

 初賭け事で大惜敗。夜ご飯を奢るはめになったけれど、正直とても楽しかった。

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