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魔王を倒した勇者の話

作者: 佐海美佳

勇者、戦士、魔法使い、僧侶。魔王を倒した瞬間から始まる物語です。

短編でさらっと読めます。

「5分後に意外な結末」に応募した作品を供養したいと思います。

 王国を長く苦しめていた魔王を倒した。


「本当にこれが魔王なのか? 」

 ぼくは改めて見てみる。

 魔王というからには、見上げるほど大きい体の怪物とか、足あるいは手や頭が多数ある妖怪じみたやつとか、あるいは銀色の長い髪に白い肌をした血も涙もない悪魔のような見た目をしているのではないかと想像していた。

 でも、石の床に倒れたまま動かなくなった魔王は、ぼくとほとんど変わらない姿をしていた。

 伸びっぱなしの髪と髭が気になったけれど、村人です、と紹介されても疑わないぐらい普通の顔で、普通の体型だった。


「戦っている間は変化の魔法で我々を苦しめてくれたじゃないか」

 隣で腰を下ろして休憩していた戦士が、先ほどの死闘を思い出しながら言った。

「魔法の力で自分の母親と同じ見た目になった魔王に斧を振るう時、魔法だとわかっていても手の震えが止まらなかったよ」

 敵だと分かりやすい格好をしてくれたほうが、攻撃は当てやすい。人間心理の痛いところをつかれたが、なんとか勝つことはできた。


「確かにそうだけど、倒してみたら普通の人間だったなんてことあるんだろうか。そもそも、変化の魔法も正体を見られたくないから使っていた気がするし」

 魔王の威厳を表現したような、長い紫色のマントの裾を避けてぼくも座り込む。


 毒霧が谷から湧いてくる崖の上に魔王の城は建っていた。たくさんの部屋があり、たくさんの階層に分かれていて、階段を上るだけで足がガクガク震えた。迷子にもなった。

 油断すると、手下の魔物たちが容赦なく襲ってくる。ぼくは伝説の剣で敵をなぎ倒し、戦士が大きな盾で守り、後方から魔法使いが呪文を唱え、僧侶は祈り続けた。

 魔王は城の最上階で待っていた。変化の魔法を解くのに数時間は必要だった。

 少しずつお互いの体力を削りながら戦い、決着がつくまで相当時間がかかった。魔王は強かったけれど、ぼくたちは役割分担をして人数が多い分、有利だった。

 ただ、それだけだ。


「早く体力回復してくれないか」

 戦士が上を向いて大声を出した。

「わかっている! でもちょっと待ってくれ! 」

 僧侶の声が上から降ってくる。

 魔王と死闘を繰り広げたこの部屋は、天井に向かってすぼまった円筒形の形をしており、階段が壁に取り付けられ、びっしりと本が並べられていた。価値ある魔導書であることに気づいた魔法使いと僧侶は、戦いの疲れなど忘れたように本をむさぼり読んでいる。


 それを見守りながら、並んで座ったぼくと戦士は、呆れたように顔を見合わせた。

「戦士はこの後どうするんだ」

 毒霧が晴れてきたのか、窓から太陽の日が差し込んできた。

「村に戻るよ」

「早く復興できるといいな」


 王国は長い間魔王と、その手下の魔物たちに苦しめられてきた。畑の作物や家畜たちは食い荒らされ、秩序無く大小の建物が破壊され、外を出歩くとさらわれる危険があった。

 安心して生活できない日々は地味につらい。

「魔王を倒したと国王様に報告に行って、たくさんの賞金を貰ったら、いい農具と馬と牛を買おうと思っている」

「村にお嫁さんを待たせているんだろう? 」

 分厚い武具の下の顔を、赤らめながら戦士はうなづいた。

「もう魔物と戦わなくてすむ。平和が戻ってきたんだ。畑仕事をしながらのんびり過ごすよ。子どももたくさん欲しい。おれは子どもが大好きなんだ」

 王国の国民たちが待ち望んでいた、平和そのものの光景が脳裏に浮かんだ。


「それは難しいぞ」

 また上から声が降ってきた。今度は魔法使いからだ。白く長い髭を揺らしながら続けてこう言った。

「魔王が倒れた後、王国は平和になるだろう。しかし、その平和も長くは続かない」

「魔王を倒したのに? 」

 じゃあなぜ国王はぼくたちを魔王討伐の旅に向かわせたんだ。

「書物に、この魔王が誕生する前の世界について記録が残っていた」

「さっきまで読んでいたのは、魔導書じゃなくて、歴史書だったのかい? 」

「魔王の日記だ」


「まめな魔王だったんだな」

 床に倒れたまま動かない魔王の顔を覗き込む。ぼくは日記を書く習慣はないけれど、この人なら書きそうな気もしてきた。なんたって、それぐらい普通の人っぽいのだ。

「魔王がいなくなった王国は、平和になる。農作物の収穫量も増え、貿易も盛んになる。人口も増え国が潤う。ほんの少しだった富が、どんどん増えていく。増えていけばもっと増やしたくなる。そうなると、隣の国の領地が欲しくなるのが国王というものなのだよ」

 長い髭を手でなでながら、魔法使いが遠い目をした。


「隣国との戦争か」

 戦士は眉をひそめた。

「戦争になったら俺みたいなやつは真っ先に最前線へ送り込まれるだろう」

 大きな拳が、悔しそうに床を殴った。

「魔王を倒した伝説の戦士だからな。従う兵隊たちの士気も上がる」

 貴重な本を読んでいた僧侶も下りてきた。


 魔王との戦いに疲れたぼくたちを、魔法で回復してくれる。体は元気が湧いてくるのに、心はもやもやしていた。

「魔王を倒して平和を取り戻したのに、また戦わなきゃいけないのか」

 ぼくは、伝説の剣を握る手を見つめる。これ以上血で汚したくないな、と思った。


「魔法の勉強でもして行くか? 」

 あまり明るい表情をしていなかったぼくを見かねて、僧侶が本を差し出した。

「それはいい考えかもしれない」

 魔法使いと僧侶は、この部屋に置いてある本の中からオススメを選んで持ってきてくれた。回復魔法について書かれた本、攻撃魔法の本、ぼくたちを苦しめた変化魔法の本、そして魔物を使役する術の本。

「魔物は使役するものなの? 」

 魔王なら、存在しているだけで魔物を使いこなすのだと思っていた。


「知らなかったのか? 」

 僧侶は部屋の窓に近寄った。

「見てごらん。さっきまで空を飛んでいた魔物がいなくなってる」

 あいつらには冒険の途中なんども襲われた。力は弱いが、すばしっこくて倒すのが面倒だった魔物の気配がない。青く澄み渡った空を、久しぶりに見た気がする。

「魔王と魔物は契約を結ぶものなんだ。仕事の契約書のようなもので、有効期限は魔王の命が尽きるまで、というのが基本だ」

「知らなかった……」


 魔法使いは初心者向けの本に興味がないのか、また壁の階段を上って本を探しに行った。

 僧侶も後に続く。傷が癒えた戦士は、本を枕に昼寝をはじめた。

 ぼくは、本と魔王の顔を見比べる。

 魔王も最初は魔物が言うことを聞かず苦労したのだろうか。変化の魔法を何回も練習して、元の自分の姿が分からなくなったりはしなかったのだろうか。

 床に倒れたままの魔王が、口を開くことはない。だから正解は分からないけれど、部屋にこれだけたくさんの本が集められていたということは、きっとそうなのだろう。


 ぼくは、選んでくれた本をパラパラとめくりながら、魔法使いと僧侶が飽きるのを待った。

 戦士が腹を鳴らしながら昼寝から目を覚ます頃には、窓から差し込む太陽の光が若干赤く染まっていた。


「そろそろ出発しよう。魔物がいなくなったとはいえ、夜道は危ない」

「城から一番近い村まで、今から歩けば夜には着くだろう」

 戦士と僧侶が相談している中、分厚い魔導書を小脇に抱えていた魔法使いは、歩くことを思い出して本を棚に戻した。


「じゃあ、みんな元気で」

 部屋から出ようとしたみんなに、そう声をかけた。

「え? 」戦士は大きな体を揺らして振り返る。

 僧侶は無言で優しく手を差し伸べた。

「馬鹿なことを考えるな、勇者が国王に挨拶しなきゃ格好がつかん」魔法使いは、眉間にしわを寄せて首を振った。


 ぼくの心は決まっていた。

 国王様に魔王討伐の連絡をしに行く暇なんてない。変化の魔法を習得しなければいけないし、魔物はちょっと弱いやつを選んで契約して、なるべく人間に迷惑をかけないように教えよう。魔法使いと僧侶が選んだ本を読んで、練習すれば少しずつできるようになるはずだ。


「国王様に魔王を倒したとことを報告したら、ここからも見えるように花火を打ち上げて欲しい。カラフルで綺麗なやつがいいな」

 ぼくは前魔王のマントを外して、戦士に持たせた。

「これが魔王を倒した証拠だ。国王様に渡して欲しい」

「お前のことはなんと説明すればいいんだ」

「魔王と相打ちになった、というのが自然かな」

 ぼくは、魔王を倒すために強くなったんだ。隣国と戦争をして、兵士を倒すために強くなったんじゃない。だから。


「ぼくは新しい魔王になる」


 決意が変わりそうにないと気づいたみんなは、名残惜しそうに城を出て行った。

 さぁ、前魔王を手厚く葬ってあげよう。彼はこの王国を戦争から守ってくれていた英雄だったのかもしれないのだから。

 そしてぼくは、これから王国の希望の星となる。新しい魔王になることで。

お読みいただきありがとうございました。

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