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その5

そも、魔法とは何なのか。

もし誰かにそう尋ねられたら、ルカ・フォルトはこう答えることにしている。

「そうね、一種の学問であり言語みたいなものかしら」

だから一部の人なら、努力と訓練次第で簡単なものなら使えるようになるでしょうね、と。

その『一部の人』というのがどんな条件の人間なのか、というところまでは説明しないことにしてる。

説明しても混乱を来たすだけだと分かっているからだ。


最高に美味しい夕食と湯浴みの後に読んだ、図書館で借りてきた本。魔法についての記述には目新しいものは何も無かったが、既存の知識や技術を再確認したり他者(つまりは著者)の目線から再考するのにはとても有意義なものだった。

ご機嫌で床に着き、久々にふかふかの布団で睡眠を堪能し、朝の日差しに気持ちよく目覚めた。

朝食は綺麗に焼けたトーストと、ふわふわのスクランブルエッグとウィンナー、そして絞りたてのオレンジジュース。やはり良い宿は朝食も美味い。

満ち足りた気分で図書館の開館時間までコーヒーをすすって時間をつぶし、宿屋を出た。


最高の気分は、唐突に終わりを告げた……図書館の前に、昨日の子供が仁王立ちしている。

無視して隣を通り過ぎようとして――本を手にしていなかった左手首を掴まれた。

「……弟子にして下さい」

……まったく。この子はこれ以外の言葉を知らないのではないかと思う。

振り解こうとして、出来なかった。仕方なく一旦視線を合わせ、意図的にキツク眉根を寄せてから答える。

「昨日ハッキリと断ったはずよ」

「ボクは、諦めると言った覚えはありません」

あちゃぁ。思わずこめかみを押さえようとして、本が手にあるために出来なかった。仕方なく全身でため息をつく。このタイプはダメだ、話が通じる相手ではない。

「だーかーらー、私は絶対に貴方を弟子に取るつもりは無いって言ってるでしょ!」

「ボクだって、絶対に諦めるつもりは無いと言ってるんです」

ほらやっぱり、話が通じない。

ニコリ。昨日とは逆に、子供の方から笑顔が返される。輝かんばかりの笑顔だが、何となく背筋に悪寒を感じてしまう。そうか、自分が普段しているのはこういうことだったのか、などと今更気が着かされたが、それはそれである。

今考えるべきことは、どうやってこの子供に諦めさせて自分が逃げるか、である。

この分だと、昨日使った手は使わせてもらえそうに無い。


それならば、作戦2だ。

もう一度、わざと大げさなほどため息をついて肩をすくめてみせた。わかった、わかった、わかったからまずその手を離しなさい。そう言うと、あっさり子供の手が離れた。

握られていた手首を見ると、くっきりと痕がついている。それだけ子供の決意が固いのだということか。

ひとまず借りてきた本を返すために、図書館の中に入る。いちいち振り向くことはしなかったが、気配から察するに子供は後をピタリとついて来ているようだ。別に逃げ出すつもりは無いのだが。

「あ、ルカさんだ。おはようございます! どうでした、その本?」

「おはよ。うん、結構面白かったわ。新しいの、何か入ってる?」

「残念、新書はいいの無いですねー」

すっかり顔見知りになった司書さんと、返却手続きをしながら雑談する。誰それの書いたナントカな面白いだとか。幅広く色々な本を読んでいるこの司書の勧めてくれる本は、ジャンルを問わず中々ルカの好みにあっていた。

一通り手続きと雑談が終わると、子供を引き連れたまま書架へと移動する。あちこちを回り、分厚い本を数冊ばかり手にすると、近くにある机についた。

後ろに棒立ちのままの子供をちょいちょいと手招きして隣に座らせると、持っていたカバンからごそごそと羽ペンと紙束を取り出す。そのうちの一枚にサラサラと数冊分の本のタイトルを書き付けて、本と一緒にずずいと子供の前に滑らせた。

ぽかん、と口を開けてこちらを見ている子供に、意地悪く笑ってみせる。

「まず、ここにある本全部。それからここにメモしておいた本全部。一人で読んで理解して、レポートにまとめて一週間以内に私のところに持ってきなさい。それが出来たら、弟子にするの考えてあげてもいいわ」

まぁ到底無理だろうけどね、とは口にしない。

そもそも親に捨てられ、物盗りで奴隷だった子供が、文字の読み書きが出来るだなんて思っちゃいない。

もし文字の読み書きが出来たとしても与えた書物の内容は、一応初歩向けのものを選んだとは言え、魔法のマの字も何も知らない子供が一人で読んで理解できる様な生易しい内容のものでは無い。


つまりこれは、断るための口実づくりに過ぎない。

出来ないと分かり切っている課題をわざと与え、諦めさせるための。


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