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その4

その言葉の持つ意味や重さが分からないほど、自分は子供では無い――つもりだった。

しかし、所詮そのつもりだっただけで、オマエはただの子供でしかないと。そう突きつけられたようで腹が立った。

だが『魔女』の言うことはいちいち尤もで、自分は反論の言葉すら持ち合わせていない。


「別に、あの時のことは関係ありません。ボクは口止め料を貰い、忘れました」

「あら、現に覚えてるから私を探していたんでしょう? 違う?」

「でも――」

「私にとっては、貴方がアレを覚えて生きてる時点で不安だし、不都合なのよ」

――アレの意味が分かろうが分かるまいが、見てしまって、覚えているだけで。

腕を組んで、鼻からふん、と息を漏らしながら『魔女』は言う。

それならばいっそ、あの時自分を殺してくれていれば良かったのに。自分はきっと、殺されたとしても恨みもしなかった。

そう思っていたのが顔に出ていたのだろうか、彼女はさらに苛立ちを募らせたらしかった。

「あの時、貴方を殺すことも私には出来た。でも、何故それをしなかったか分かる?」

真っ直ぐに瞳を覗き込まれて、子供はたじろいた。少しずつ傾く日は既に昼の色では無くなっていて、それが女の銀色の瞳に映って自分を射る……直視するには眩し過ぎた。

思わず目を逸らすと、女はそれを否定の返事と捉えたらしい。呆れたようなため息と共に、言葉は続いた。

「人殺しなんて、後味が悪いからに決まってるでしょう? だからあの時は仕方なく取引として、貴方が一番必要としてるものを与えて、私が一番必要としてる『口止め』をお願いしたの。

取引をしたからといって、私の不安材料が全く無くなったわけでは無いけどね。

……同じように後味が悪くなるから、私の目の前に現れておきながら、私の目の届くところで

『言うこと聞いてもらえないから、生きてるのツマラナイので自分で勝手に死にます』

なんて、私は絶対に許さない。どんな手を使ってでも止めてやるから。

あ、でも貴方の言うこと聞いて、弟子にしてあげるつもりも無いからね。

死にたいのなら、私の居ないとき・居ない場所で、人のせいにしないで自分の意思で勝手に死んでちょうだい。

不安材料が無くなるのは好都合よ」

以上! 勝手に会話を切り上げると、女はサクサクと足を進めて宿屋の中へと姿を消した。


メチャクチャだ。メチャクチャ自分勝手な女だ。

だが、だからこそ納得してしまった。確かに、誰も好き好んで人殺しなんてしたくはないだろう。

目の前で自殺しようとする人間が居たら止めたいと思うのも道理だし、ましてやそれが自分と多少なりとも関わってしまった人間ならなお更のことだ。

そこには優しさだの同情だのという感情は一切含まれて居なくて、子供は何故か安心した。


切り捨てられたのでは無かった。見捨ててはもらえなかった。依存はさせてもらえなかった。だが――

女は、自分を一人の人間として、対等に扱ってくれたのだ。




あの美しい魔法陣を目にすることの出来た晩の、明くる朝。

何年かぶりに振り出した大雨が、町を歓喜の渦に叩き込んだ。

三日三晩は降り続いたその雨のおかげで、干上がっていた河川には少しずつ水が戻り水車が動き始めた。

女はあの晩の翌朝には、素知らぬ顔でチェックアウトしていた。

子供は女に渡された金のうち半分を主人に上納し(それでもかなりの金額だった)、残りの半分を懐に隠し持ち、降り出した雨が四日目にようやく止むと、すぐに町を飛び出した。


何も考えてはいなかった。ただ何故か、女の後を追っていた。

親に捨てられ、宿屋の主人に拾われて悪事の片棒を担がされるようになってから、一度たりとも町を出たことも無かったので、旅慣れてなどいない。

しかも子供というだけで、危険な目にも沢山あったし、自分とは逆に旅慣れていた女の足跡を辿るのは容易では無かった。


途中何度か立ち寄った町で、子供でも出来るような簡単な仕事をして何とか路銀を繋ぎ、情報を集めて旅をする。

それがいつの間にか誰かに騙されて路銀を失い、人買いに捕まり、物好きな貴族にエルフというだけで買われ、まるで愛玩動物か何かのように飼い殺しにされた。悪趣味なことだ。

その生活には特に不自由も無かったのだが、それでも女を追いかけたいという衝動は消えなかった。

隙を突いてそこから逃げ出した子供はあても無く放浪し、ゴミを漁って何とか生き延び、そうしてやっと今日、見知った人影が図書館から出てくるのを見つけたのだった。


女に会って直接話をするまで、自分が本当に何をしたかったのかは分からなかった。

だが何度も辛い目にあって「死んだ方がマシ」だと思ったのは嘘ではなかったし、かといって生半可な覚悟で女を追いかけたわけでも無かったことだけは確かだ。

ただあの美しい魔法陣が、自分の心を捉えて離さなかっただけで。


そう、だから。



(ボクは、そう簡単には諦めない)

それこそ死ぬ覚悟が出来るくらいには、本気なのだから。


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