Ep,8 聖騎士、王妃様に暴行容疑
「……ゴメンにゃさい。チョーシ乗りましたニャ」
正座させられて頭をタンコブだらけにしたガイ子がめそめそ泣いている。
銅像の件で鬼のような折檻をかました所だ。
多少のことは大目に見るが妻とか言われると流石に見過ごすわけにはいかん。
そういうデマでね。俺のファンの女の子がね。ショック受けちゃってもいけないしね、うん。
「銅像どうします?」
ゴルダが心配そうに聞いてくる。
自分の作品がどうなるか不安なんだろう。
コンセプトがアレでも出来は悪くはなかったしなぁ……。
流石に破壊しろとまでは言い辛い。
「しょうがねーな。プレートを替えるだけでいい。タイトルは『謎の仮面の農夫と収穫されたヘンな形のダイコン』にしとけ」
「わかりました」
敬礼してゴルダがズシンズシンと去っていく。
……何でそんな像が街の一番目立つ所にあるのか意味不明になるがまあいいだろう。
大体が芸術なんてものは意味不明なもんだ(偏見
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ある日の朝のことである。
「またモロヘイヤのスープにゃ……。たまには肉汁どばどばのステーキとか食べたいニャンよ」
「うるさいわね。文句言うならあんたは食べなくていいのよ」
食卓でエンデとガイ子が言い合っている。
まあここしばらくモロヘイヤのスープが続いてるからな。
俺も文句言えた立場じゃないんで黙ってはいるが正直飽きてはいる。
「大体オマエ、ここのボスなんだからもっといいもの食えばいいニャ。ワタシも幹部なんだからついでにいいもの食うニャ」
「あんたを幹部にした覚えなんてまったくないけど……」
エンデは冷たい視線をガイ子に向けつつ、ハァとため息を付く。
まあエンデにそのつもりはなくとも周囲はそう見てはいるだろう。
コイツの「格」的にな。
……中身は単なるアホ猫なのに。
「私は部下に食べさせられないものは食べる気がないわ。そういうのは品がない」
それはこれまでも何度か耳にした彼女の信条だ。
エンデビュートは庇護下にある者に食べさせてやれないものは自分も食べようとしない。
お偉いさんは庶民が食えねーもんばっか食ってるって思いこんでた俺には中々衝撃的なセリフだった。
実際、俺が暮らしてた国はそんなだったしな。
「……て事は街の奴らが毎日ステーキ食えるようにすればいいニャンね」
……胸焼けしそうな国だなそれ。
「で、どうやるつもりニャ? どっかに攻めてってブン捕るニャン?」
ガイ子がそう聞いたのは単純にメシの話をしてるんじゃなくて……。
彼女はエンデに新生魔王軍をこれからどうしていくつもりなのか? とそういう事を聞いてるんだろう。
「それをやって、前に一度私たちは失敗してる」
大戦のことだろう。
魔軍は総大将である魔王を討ち取られそれに次ぐ実力者の六凶星も皆討たれて大敗を喫した。
人と魔族の戦争自体はもう何百年も前からやってて、エンデも開戦時はまだ生まれていなかったらしい。
まあ……今は取るに足らんとスルーされてるようだが、これが本当に人類領域に再度攻め込んだりしたら流石に向こうも討伐に本腰を上げるだろう。
そうなったらもう一瞬で終わりだ。
何せこっちは現在四百人ちょっと。ちゃんと戦える奴って話になればその半分いくかどうか。
人類連合軍は最盛期で百六十万人の大軍団だったのだ。
俺だのエンデだのガイ子だのがいるからどうだって戦力差じゃない。
……ただ、俺から見ててエンデは何か考えてはいそうなんだよな。
何も考えずにただ組織運営してるようには見えない。
「考えてはいるわ。まあ見ていなさい」
そんな俺の考えを裏付けるかのようにエンデは静かに……しかしはっきりとそう言い放った。
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朝食の後は人類圏の新聞を読むのがエンデの日課である。
ちなみに汽車で数ヶ月の旅になるはずの人類圏の新聞がどうして毎朝普通にこの城に届いているのか……その仕組みを俺は知らない。割とデカい謎だ。
「………………………」
そしてこの日、新聞を読んでいるエンデの表情は冴えなかった。
露骨に眉を顰めている。「あちゃー」って感じの顔になってる。
……なんか良くねーニュースでも載ってたんかな。
そんな事を俺が考えていると。
「ねえ、ちょっと」
そう言ってエンデが手招きしている。浮かない表情のままで。
「ん?」
呼ばれて近付くとエンデは俺に畳んだ新聞を差し出してきた。
「あんたは見ておいた方がいいわ」
「四コマが結構笑える感じだったか?」
軽口を叩きつつ新聞を受け取ると俺はそれを広げて見る。
そして……エンデの言いたいことを即座に理解する。
「うげ」
その声は意図せず漏れたもので、言った自分の耳にすら届いていなかった。
デカデカと綴られた見出しが全ての思考を停止させる。
『ランディオス聖騎士団長、反逆罪により逃亡』
知人と同名の他人……のはずはねえ。
名前の後に「聖騎士団長」と続くランディオスはあいつしかいない。
ランディオス・フォルトゥール。大戦の時の俺のパーティーメンバーで、俺の……親友だ。
『……まったく、お前はもう少し真面目になれ』
目を閉じれば今でも耳の奥にやつの小言が木霊する。
カタブツすぎるあいつとチャランポランな俺。水と油なようで不思議と気が合った。
あいつは元々生まれ育った国の聖騎士団所属で、国から派遣される形で連合軍に参加していた。
そして戦いの後は国に戻って騎士団に復帰して間もなく団長になったと風の噂で聞いた。
そのあいつが反逆罪ってのはどういう事だよ。
血走らせた目を見開いて俺は記事の文字列を必死に追う。
自国の王妃に暴行し怪我をさせて逃亡中……?
「はっはっは、何だこりゃ。あり得ねえ。デマだデマ」
思わず笑っちまった。
この記事だけじゃ事件の詳細はわからんが、とりあえず一つだけ言えることがある。
あいつはそんな事はしねえ。
何があってもだ。
「デマって、どこがどう違うと言いたいの?」
怪訝そうなエンデ。
ガイ子とか他の連中も何となく俺たちの会話に耳を傾けている。
「王妃に暴行したって所だよ」
俺は「アホらしい」って感じで肩をすくめた。
ランディオスが非戦闘員の……それも女に暴力を振るうなんてありえない事だ。
それをするくらいならあいつは自分の首筋に当てた刃を引く方を選ぶだろう。
「そう。信頼しているのね。だけど会わなかった数年間が彼を変えてしまった可能性もあるんじゃない?」
「まあな。変わっちまう奴もいるよな。けどよ、五年経ったって十年経ったって魚は空飛ぶようにはならねえし、野兎は火を吹くようにはならねえ。これはそういうレベルの話だ」
人は変わることもある。
だが何をしようが変わらんものだってきっとあると思う。
「だけど、今現実にこう報道がされてる。そして彼は追われているわ。自分が所属していた国にね」
「……ぐっ。あのヤロー何か下手打ちやがったんだ」
乱暴に椅子に腰を下ろすと俺は髪に爪を立ててバリバリと頭を搔きむしった。
なんだかわからんがダチがえらいピンチに陥ってる。
だっつーのに……俺は何もしてやれねえ。無力だ。
あいつの国は俺のいた国より更に遠い。汽車使って急いでも一か月以上はかかる。
そんだけ時間が経ちゃどういう形であれ決着は付いちまってるだろう。
苛立たし気に身体を揺すっている俺をエンデはしばらく黙って見ていたが……。
やがてハァ、とため息を一つ付いた。
「しょうがねーな」みたいに。
「行くの? あんたがその気なら連れて行ってあげるわよ」
「マジか!! 頼む!!!」
勢いよく立ち上がって俺は即答する。
その俺の背後で倒れた椅子が派手な音を立てた。