Ep,7 みーちゃんはあざとウザい
流しで歯を磨いている俺。
朝の当たり前の一幕だが、今の俺にとっちゃそれが懐かしくて妙に愛おしかったりする。
何せこれができるようになってまだ三日だ。
ようやく俺にも普通の生活ってやつが戻ってきたワケだ。
「おはようございます。ウォードさん」
「おう」
隣で歯を磨いているのはドーマだ。
今のコイツは2mくらいまで縮んでいる。
あまりにデカくて邪魔くさいんでどうにかならねーのかと言ったらこうなった。
このくらいまでならサイズを縮小できるらしい。
相変わらず魔族ってのはよくわからねー生物だ。
「おはよーニャ」
「おう」
なんか聞きなれない声がするんでそっちを見る俺。
反対側の隣じゃ頭にネコ耳生やした小柄な女が歯を磨いていた。
……誰?
思わずマジマジと見てしまった。
ネコミミ女はどう見ても成人はしてない外見で、銀色のウルフカット。
瞳が大きくて愛嬌がある可愛い顔をしている。
「……ニャン?」
見られている事に気付いたネコミミが俺を見上げつつ首をちょこっとだけ傾けた。
……うーむ、あざとい。
ピースサインまで出してきやがった。
こめかみのあたりに手を斜めに当てたピース。
これもあざとい。
「そんなに見つめられたらテレちゃうニャンよ」
もじもじし始めるネコミミ。
ちなみに朝方だからかこいつが今着ているのはだぼだぼのパジャマだ。
袖と裾を捲っているとこがこれまたあざとい。
つかもう何もかもがあざといな。
「……オイ、なんだよコイツは?」
ドーマに小声で囁く俺。
「え? なんだよって……裂壊星様に何かありましたか?」
「………………………………」
はい? 裂壊星……?
俺の記憶が確かなら裂壊星ってのはこの前散々俺としばきあった黒いライオンだ。
あの漆黒の巨体を思い出してからもう一度小柄なネコミミ女を見る。
……何もかもがちげーだろコレ。
最早共通点を探す方が難しい。
「あぁッ! 情熱的な視線! やっぱり戦う事でわかりあったワタシたちには余計な言葉はもう不要ニャンね?」
何か顔を赤らめてくねくねし始めたぞ。
「嬉しいニャン。ワタシもウォードの赤ちゃんなら産んでもいいニャンよ」
「……いやぁ、そういうのは、ちょっと……」
思わず俺は素で拒否ってしまった。
すると奴はギロリと一転して剣呑な視線を向けてくる。
「はァ!? ちょっとなんニャその白けた反応は!! あり得ないニャこんな美少女に熱烈なアプローチを受けといて!!!」
「……だってお前アレだもん。その、なんつーのかキャラ付け? ってのかあざとウザい言動が一々寒々しいんだよな」
露骨に引きながら俺は丁寧に相容れない部分を説明してやる。
「そういうガチのダメ出しやめるニャ!! ダメなものをキライなままでいるよりも好きになる努力をした方がきっと幸せな人生になる!!」
……くそう、なんかもっともらしい反論してきやがった。
「大体お前、本当にあのガイアードラスなのかよ。性別からして別もんじゃねえか」
「性別……? ああ、ワタシの戦闘形態の話ならあれはワタシの考える『強い』とか『カッコいい』のイメージが具現化した形だから性別とかないニャンよ。そもそもあっちには生殖機能とか付いてないニャ」
意外な事実が判明した。
知りたくもねえし心底どうでもいいが……。
つまりコイツはああいうごっついのが一人称「我」とかで正々堂々真っ向勝負するようなのがツボってわけだ。
わかんなくはねーが正体からすると渋い趣味だな。
「ワタシ、ウォードの事すっかり気に入ったニャ。強いし、武器を捨てて拳で向かってくる所なんてホントにどストライクにゃんよ」
……武器を捨てたのは六番アイアンが折れたからでそもそもあれは武器じゃねえ。
最終的に拳でやる羽目になったのは単に俺が剣を忘れてきたからでコイツの考えてる男らしいようなアレでは全然まったくない。
しかしあの黒獅子将軍の本体がまさかこんなんだとは……。
「とにかくこれからは同じ群れの仲間ニャン。ワタシの事はミーちゃんとかミーにゃんとか呼んで欲しいニャ」
「どっから出てきた、ミーちゃん」
お前はガイアードラスだろうに。ミの字はどこにもねえ。
「フルネームはミレイ・ガイアードラスにゃ」
名乗りながらまたもやヤツはあざとウザいポーズを取る。
こういうのが好きな奴にとってはかなり高得点なキャラなんだろうけどな……。
生憎と俺の好みにはかすりすらしていない。
「……わかったよ。よろしくな、ガイ子」
「何一つわかってねえ!!!!!」
歯磨き粉の泡を口から飛ばしながら絶叫するガイ子だった。
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「ええ、許可はしたわよ。私の言う事には従うって言うし断る理由はないからね」
復帰の挨拶をしつつ、エンデにガイ子の話をする。
我が麗しの主殿はサッと髪をかき流すいつもの決めポーズをかましつつそう言った。
「あんたがぶっ飛ばしたからうちに居つく事になったんだからね。責任とってちゃんと面倒見なさいよ」
……いやあ、そりゃ罠過ぎないか。
ぶっ飛ばしたら居つくって。逆ならまだしも。
「……もうどこにもおかしな所はないの?」
「おかしいって何がだ?」
不意に聞いてくるエンデ。
質問の意味がわからず俺は聞き返した。
「身体よ。後遺症みたいなのはないの?」
「ああそれか。……そうだな。まぁ大丈夫だと思うぜ」
言われて伸びをしてみたり肩を回したりしてみる。
まだ僅かに痛みを感じはするものの、これは残りそうだなってのは今の所何もなさそうだ。
こちとら身体が資本だからな。
商売道具は大事にしねえとだ。
「……そう。ならいいけど。あんたバカな上にカッコ付けだから、無駄にやせ我慢とかしてないで何かあるならちゃんと言いなさいよ」
くそう、好き放題言いやがって。
否定できないのが辛い所だ。
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俺がぶっ倒れてた半月の間にも城下町の再建が結構進んでいた。
俺が来た時はほとんど廃墟のみって感じの悲惨な町並みだったが今じゃ城に近い箇所から少しずつ住める家に変わっていってる。
住人も日々増え続けているらしい。
「アニキが裂壊星様を倒したってんで、また移住希望者がドバッと増えましたからね」
三バカの一人半漁型魔族のビラクがそう教えてくれた。
寄らば大樹の何とやら……魔族としても落ち着くなら強い奴が統治してる所がいいって事らしい。
「ほぉ。俺は人間なのにな……」
むしろ自分らのお偉いさんをしばかれてアンチが大量発生するんじゃないかって心配してたんだが。
「大体が魔族は『強い奴がエライ』って考えですからね。アニキは獄炎星様の配下ですしあんま種族を気にしてる奴はいないと思いますぜ」
そんなもんか。
まあ俺も嫌われるのはしんどいし受け入れてくれるってんならなんでもいいが。
「ウォード様~」
ズシンズシンと重たい足音を響かせて近付いてくる魔族。
青白い肌の単眼巨人。三バカの一人ゴルダだ。
「ご依頼の銅像が完成したしましたぞ!!」
そういやコイツは手先が異様に器用で鍛冶だの彫刻だのを得意としてたんだったな。
……ていうか、ご依頼の?
俺は病床から自分の銅像を作れとか言うような承認欲求ヤベー系じゃねえぞ。
ともかく、何か出来上がったらしいんでとりあえず見に行く事にする。
その銅像は市街の中心部に建てられていた。
立派な台座の上で仁王立ちしている鉄仮面の男。
っていうかもうこれ俺じゃなくても誰でもいいな……俺だって判別できる箇所ねーし。
そしてこのアホな像を企画したのが誰かもわかった。
銅像の俺は仁王立ちでネコミミの女をお姫様抱っこしており、台座のプレートには『英雄ウォードとその妻ミレイの像』と記されていたからである。