表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/32

Ep,5 6番アイアンを上手に使って

 黒獅子の魔将軍『裂壊星』のガイアードラス……。

 見た目の通りの超々肉弾派でバカでかい剣を軽々と振り回して戦う。

 武人然としたヤツでこいつが出張ってくる時はいつも軍勢の先頭に立ってやがった。

 そういうとこは、まー少しシンパシーがあるな。


「ウォード・ヴァルケンリンク……獄炎星の軍門に下ったという噂は聞いていたが」


 頭を持ち上げてより直立に近い体勢になる黒ライオン。

 こうなるとますます奴の視線は上になる。

 高いとこから見下ろされてる。


「あの時の頼もしい仲間もいない今、それでも我に挑みかかってくるか。……ならば獄炎星の前に、貴様相手に過去の遺恨を晴らすとしよう」


 ……そうだ。

 あの時は、前にこいつを何とか倒した時は俺たちは五人だった。

 思えばバランスのいいパーティーだったよなぁ。

 『剣士』の俺に『聖騎士』『魔術師』『聖女』『魔道技師』……俺たちが揃ってりゃどんな相手だろうがどんな局面だろうが対応できた。


 ……でも、あいつらは今はいねえ。

 俺だけだ。


「みんなそれぞれの『道』ってもんがあるんだよ。俺たちは解散した。仲間たちはみんな未来に進んでった。あの時のまま……どこへも行けてねえのは俺だけだ」


 我ながら虚しいこった。

 フッと鼻で笑って俺は頭上の獅子頭を鋭く睨みつける。


「けどな。そんな時代に取り残されちまった俺でもオメーの相手くらいは務まるぜ。今更化けて出やがってこの黒猫ヤローが。今度こそ二度と立ち上がってこれねーように念入りに死なせてやるぜ!!!」


「面白い……!!」


 奴の纏ったオーラが急激に膨れ上がる。

 それは奴を取り巻いて竜巻みたいに渦を巻いて空へと立ち昇っていく。


「……ねえ、ちょっと」


 だがそんな盛り上がりを背後からの冷めた声が水を差す。


「喧嘩売られたの私なんだけど。あんたの出番じゃないわ。引っ込んでなさい」

「うるせーな。どう考えたって俺の出番でしょーが。俺はお前に雇われてんだ。ボスを戦わせてそれを眺めてる傭兵がいるか」


 振り返りビシッと指差す俺。

 その人差し指の先にいるエンデが「フン」と口を尖らせる。


「……飼い主に恥かかさないでよね」

「ふんぞり返ってそこで見てな」


 得意げに悪い大人の笑みなんか見せちゃったりしながら俺はでかいライオンへ向き直った。


 ……その瞬間だ。

 世界が一瞬モノクロになった。


 俺の全身を絶対零度の落雷が貫く。

 あまりの衝撃と絶望感に吐き気すらこみ上げてくる。


 対峙した魔獣の戦士が放つ殺気のせい…………じゃない!


 やべえ、やべえぞ。

 耳の奥で心音がドンドンと響いてる。

 気が付いてしまった。思い出してしまった。

 ……今俺が持ってるのは剣じゃなくて六番アイアンだ!!!!!!


 なんという事でしょう。

 既にもう場の空気は「すいませんこれゴルフのアイアンなんで武器取ってきていいでしょうか?」等と言える感じではない。

「不許可だ」とか言われて脳天唐竹割りにされる未来しか見えん。


 そんな俺の前でヤツが剣を頭上に振りかぶる。

 うおっ、なんてヤツらしい……!!

 小細工なしの大上段からの一撃か!!!


「『裂壊星』ガイアードラス……いざ参る」


 ……参らないで!!!????


 内心の俺の絶望の絶叫など知る由も無く。

 奴は巨大な剣で俺に斬りかかってくる。


 ……速い!!!!


 漆黒の巨体が突如として眼前に現れた。

 ほとんど瞬間移動と言ってもいいようなレベルの踏み込みから繰り出される一撃。

 踏み込んだガイアードラスの足元の石床が砕けて破片を散らす。

「こうくる」とわかっているはずのものがまったく視界に捉えられない。

 回避が間に合い、掠りすらしていないはずの斬撃が生み出した暴風と衝撃波が俺を飲み込む。


「……!!!!!」


 叫びはロクに声になっちゃいなかった。


 激流の中の木の葉みてーに俺はもみくちゃになりながら吹っ飛んだ。

 ブチ当たった石柱をへし折りその破片と一緒に背後の壁に俺は突っ込んだ。


 地面に落下した俺の上に容赦なく瓦礫が降り注ぐ。

 一つ一つが子供くらいの大きさがある石の塊がだぞ?

 酷ぇもんだ……ったくよ。


 視界は闇に閉ざされる。

 ……意識は、多分まだある。


「終わりではあるまいな?」


 ヤツの低い声がどこか遠くから聞こえるように瓦礫に響いている。

 面白がったりバカにしてるような言い方じゃないな。

 ……不満を感じる。

「お前あんだけでかい態度取っといてこれだけとかねーよな?」って感じか。


 俺は……沈黙したまま。

 少しでも呼吸を整えて、体力を回復させなきゃいかん……。

 激痛が脳をガンガン揺らしてる。

 だがその苦痛のお陰で飛びかけてた意識がようやくクリアになってくる。


「……ふん、余興にすらならなかったな」


 嘲る黒獅子。

 ヤツが向きを変えた気配がした。


 エンデの方を……向いたのか。


 ……まあ、ちょいと待てよ。

 俺はこれでも結構付き合いのいい男だぞ。


 頭上の瓦礫を押し退けながら俺はゆっくりと身体を起こした。

 横っ面を生暖かいものが伝って。ぽつぽつと床に真っ赤な雫が落ちる。


「ほう」


 そんな俺を見てガイアードラスが感心するような息を吐いた。


 そして、俺が立ち上がるのとほぼ時を同じくして……。

 ヤツの持つ巨大な剣が半ばから折れてズガンと音を立てて床に落ちた。


「!!!? おおッ……何事だ!!!?」


 ヤツが驚いてる。

 ハハッ、ザマ見やがれてんだ。

 見下ろした俺の手の中の六番アイアン。

 さっきブッ飛ばされた時も手放さなかったそれは、くの字に折れ曲がっちまってる。


 ……ありがとうよ。誰んだかわからんアイアン。

 お前のお陰でヤローに一泡吹かせられたぜ。


 あの瞬間。直撃の瞬間だ。

 俺は攻撃を回避しながらヤツの武器の刀身にあったほんの小さな傷に向かって全力でアイアンを叩き付けてた。

 ほんの小さな傷でも適切なタイミング、角度、力で一撃入れるとアイアンだろうがその武器を破壊する事ができる。

 これは師匠に習った技じゃねえ。

 あの大戦の時に数限りない戦場を経験して得た自己流の技術だ。


 ……とはいえこのレベルの相手に決めたのは初めてだがよ。

 きっと今日はスゲー運がいい日だ。

 そんなもんだ、殺し合いなんざ。

 その日ちょっとばかしバカづきしてるヤツが勝つ……そんなもんだ。


「そんな玩具で我が剣を折るか。少々甘く見すぎていたな。……だが」


 半分くらいになっちまった剣をヤツが無造作に足元に捨てる。

 ……まーそうだ。

 これで終わりのはずがねえ。

 むしろ勝負はこっからだ。


 俺も折れ曲がったアイアンを落とす。

 ……これでどっちも素手だ。


「小癪なマネをしたせいでより苦しい死に方になったな」


 ……撲殺。

 殴り殺す気だ。

 ライオンのツラしてんのに笑ってんのがわかる。

 クソッタレが。

 楽しそうにしやがってよ。


 ヘッ、上等だよ。

 俺も素手の喧嘩(ステゴロ)じゃ負けたことがねーんだ。

 チンピラみてーな奴らしか相手にしたことねえけどさ。


 唸りを上げて巨大な黒い拳が迫る。


 ……幸いにして……。

 パンチは斬撃程のスピードじゃねえ。

 見える……気がしなくもない。


 かわす。

 掠らせもしないのはさっきと同じ。

 避けても暴風が来るのも同じ。

 でも吹っ飛ぶほどじゃない。

 ギリギリで耐えられる。


 そしたら後は……やる事は一つだけだ。


 拳を振り抜いた体勢で状態が伸びきっているヤツの、その懐に入って跳躍する。

 目の前にはたてがみに覆われているでかいツラ。

 その顔を渾身の力で殴りつける。


「グフッ!!!!」


 血を吐くガイアードラス。口から散った赤黒い塊には折れた牙が混じってる。


 だが……硬ってぇ!!!

 殴りつけた拳がビリビリ痺れる。

 そして、一撃受ける事も奴は想定済みだったようで……。


 体勢を崩すことなく一撃目とは逆の拳を引いて。


 捻りを入れて回転気味に放たれた拳が今度こそ俺をまともに捉え、俺は本日二度目の飛翔を体験する羽目になったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ