Ep,4 あんまり興味ありません?
エンデビュートと一緒に奴の本拠地である闇の城へやってきた俺……元英雄のウォード・ヴァルケンリンク。
これから……俺の新たなる戦いが始まる。
かつての仲間たちを相手に闇に堕ちた俺の戦いが……。
「……始まらなァァァァァい!!!!」
「うるさいわね」
叫ぶ俺を半眼でエンデが見てる。
でもよ……だってよ。
この城に来てからもう二か月だ。
新生魔王軍の立ち上げは大々的に布告してる。
だっつのに……なんもない。
誰かが攻めてくるでも、こっちが攻めていくでもない。
戦いの準備をするでもない。
俺が毎日やってる……やらされてることなんてモロヘイヤの水やりだ。
「人類側の動向が気になるわけ? ……ほら」
畳んだ新聞を寄越してきたエンデ。
……ちゃんと今日の日付のやつだ。人間側の新聞をどうやって入手してんだろうな。
新聞はリアナ・ファータ王国のもんだった。
ちなみにリアナ・ファータは大戦時の人類側の盟主だった王国で俺がこの間まで都で暮らしてた国な。
大臣の談話が載ってる……。
何々……。
『新生魔王軍を名乗る大戦の残党が魔物領域にいる事を認識はしているが、現時点で人類側の脅威となりうる勢力に成長するとは考えていない』か……。
……………。
……なんか、真面目に相手してないですよって感じだな。
外向けの談話だから鵜呑みにしていいかはわからないが。
「!!!」
読み進めてて俺は驚いた。
俺の……俺の話題だ!
大臣はかつての大戦の英雄ウォードが新生魔王軍に参加しているらしいという風聞についても語っている。
『困窮し数か月前に夜逃げをしたらしいという話は聞こえてきている。事実であれば残念な事だ』
「ぐがああああああああああ!!!!」
バシーン!! と畳んだ新聞を床に叩きつけると俺は頭を搔きむしった。
……なんで? なんなの? この寒い反応!!
元英雄の闇堕ちだよ?
スゲー燃えるシチュエーションじゃないの????
それが何で『あー、なんか生活苦しかったらしいからねぇ。ついにそういう事やっちゃったかぁ』みたいな感じの話にされてんの?
……それが大体合ってるってのもまたやるせねえ。
とにかくやばい。これはやばい。
「ちょっとさ、こう……全身が隠れる感じの装備ない? 禍々しい感じの兜とかだと嬉しいかな。できれば声もエコー掛かった感じになるといいんだけど。そんで悪いんだけど今日からみんな俺の事ウォードって呼ばないで欲しい」
「何往生際の悪い事言ってんのよ。今更顔と名前伏せたいとか許されると思ってんの?」
突然マントで頭をぐるぐる巻き始めた俺の襟首を掴んでガクガク揺さぶるエンデであった。
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大柄な魔族がのっそりと玉座の間に入ってくる。
全身を獣毛で覆った牡牛のガイコツみたいな頭のそいつの名はドーマ。
……これでも上位の魔族らしい。
「獄炎星様にご報告申し上げます」
言いかけてドーマが動きを止めた。
……俺が視界に入ったらしい。
大き目の瓦礫に優雅に座っている俺。
その俺は今や謎の男。
フルフェイスの鉄兜を被っているのだ。
「おっと、俺の名は今は明かせないな。とりあえずは『鉄仮面卿』とでも呼んでもらおうか」
「……何があったんです?」
ドーマは俺の方をあんま見ないようにしながらエンデに聞いている。
「わからないけど……そういう時期なんじゃないの?」
オイそういう解釈をするんじゃないよ。
年頃になった男の子が手に包帯巻いて「封印」とか言っちゃうのとは違うんだよ。
「アニキぃ~、探してきたよ。装備、落ちてたやつ~」
そこへ入ってきたこれまたバカでけえ半魚人みたいなやつ。
これも上位魔族で名前はビラク。ちなみに俺はドーマとコイツとあと一匹を合わせて三バカと呼んでいる。
ビラクが出してきたのは細めの金属製の何かだ。
「お前な……俺はなんかかぶるもん探してこいつったんだぞ」
とあるよんどころのない事情で俺は正体を隠して活動しなきゃいけなくなった。
そんでコイツに顔を隠すもん持ってこいって頼んでたわけだ。
……結局今は自分で探してきた誰のだったかもわからんボロい鉄兜を被ってるわけだが。
何だこりゃ……武器ですらねえ。
ゴルフのアイアンじゃねえか。「Ⅵ」って彫ってある……六番アイアンだ……。
誰だよ前の大戦の時にアイアン持ってここにカチコミかましたやつ。
「折角持ってきたんだから使ってよアニキ」
「イヤだよバカ!! オメー何考えてやがんだ。普段着に鉄兜かぶって六番アイアンで殴り掛かってくる奴がいたらそいつはもう謎の戦士じゃなくてご町内のヤベー奴なんだよ」
俺の頭の中に新聞の見出しがチラつく。
『元英雄、闇の戦士となって連合軍に立ちはだかる』
……これならまだいい。
『元英雄、鉄兜だけかぶってゴルフのアイアンを振り回す』
これはダメだ。ダメすぎる最悪だ。救えないにもほどがある。
なんで俺がこんな北の果てまできて愉快な末路を晒さなきゃいけねーんだ。
「……楽しそうね、あんたたち」
ぎゃあぎゃあとわめき合ってる俺たちをエンデが冷めた目で見ていた。
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人間側には「あら、そう」みたいな扱いをされてる俺たち新生魔王軍だったが、そんな俺たちを頼ってくる生き残りの魔族たちは日に日に増えていった。
どっかに隠れてた奴らが姿を見せて保護を求めてくる。
正直どいつも強さって意味じゃあ三バカにすら遠く及ばないようなレベルの戦闘要員になるのかは怪しい連中ばっかだが……それでも玉座のエンデはどいつも分け隔てなく受け入れている。
「もう心配はいらないわ。これからは私があんたたちを保護してあげる」
こうして見ると……。
あいつも結構立派に集団のリーダーをやってんだなぁ。
ちょいと見直したぜ。
んな事を俺が考えてたその時だ。
「!!!」
……城が揺れた。
物理的にもだが、それ以上に凶悪な「圧」が土砂降りの雨みたいに降り注いでやがる。
この俺でも背筋にビリビリ来るぐらいだ。
弱い魔族の中には座り込んで立ち上がれなくなってる奴らも結構いる。
何かが……上から来る。
そいつは真っ黒い獣だった。
飛来した奴は天井の穴に身体をねじ込んでさらにぶっ壊しながら玉座の間に降りてきた。
「久しぶりだな、獄炎星」
着地した時の低い体勢から巨大な頭をゆっくりと持ち上げたそいつ……。
黒い獅子だ。ライオンだよ。
そいつはライオンの獣人とでも呼べばいいような半獣の魔族だった。
全身を漆黒の毛で覆って背中には蝙蝠みたいな翼が生えてる。
三バカほどじゃないにせよこいつもかなりでけえ。
極端な前傾姿勢なのに頭の高さは2mはある。
「そうね、裂壊星。元気そうでなによりだわ」
玉座のエンデは悠然と構えたまま。
黒獅子と互いに友好的とは言えない視線をぶつけ合ってる。
……こいつの事は俺も覚えてる。黒いライオンはカッコいいとか前から思ってたしな。
六凶星の一人『裂壊星』のガイアードラスだ。
真っ向勝負が信条のガチガチの武人タイプの魔族。
チクショウ、本当にこいつも生きてたのか。
「小娘が魔王様の後継を名乗ったようなのでな。その真意を質しに来た」
持ち上げた巨大な剣の切っ先を玉座に座るエンデに向けるガイアードラス。
「僭越にもほどがあろう」
「……だから何? 私は譲らないわよ、あんたが相手でもね」
両者の間の殺気が膨れ上がる。
……と、そこで俺が間に入って黒獅子を見た。
「貴様は……」
「俺の事は鉄仮面卿とでも呼んでもらおうか」
無粋だとは自分でも思うがな。
……けど、リーダーが襲われそうなのを黙って見てるわけにはいかねえ。
「ウォードさん、被るやつ忘れてます」
……あん?
言われて見てみりゃドーマが俺の鉄兜を持ってやがる。
そういや蒸れるんで外して一息ついてたんだった。
「…………………」
……どうすんだよこの空気。
気まずさを隠すように俺はアイアンでキレのある素振りを見せるのだった。