Ep,28 墓場まで持ってく純情
……その男とはあまり言葉を交わした記憶はない。
だからランディほど打ち解けた「親友」じゃなかったが、それでもあの辛く長い大戦を共に戦い抜いた俺にとっちゃ大事な戦友の一人だ。
お互い相手の命の危機を救ったってシーンも一度や二度じゃないしな。
「アイス……お前が……」
「そうだ」
アイスヴァーンがうなずく。
この惨状を自分の手によるものなのだと認める。
「あの戦いでは魔族の想像以上の肉体の頑強さと攻撃力に随分と手を焼いたからな。今回は予め対策をしてきた」
笑ったところを見た記憶も怒ったところを見た記憶もない男はやはり無表情のままだ。
「この都全てを今私の作った結界魔術が覆っている。魔族のみに効果のある結界だ。体内の魔力を乱し集中を妨害する。生命活動が密接に魔力と結びついている魔族にとっては効果は御覧の通りだ」
いまだ倒れ伏したまま満足に身動きが取れないエンデを片手を上げてアイスヴァーンが示した。
「そうじゃねえよ!! 何でこんな事してんだ!!」
焦りと怒りで言葉が荒くなる。
「ふむ。何故かと問うか」
腰を屈めアイスヴァーンはエンデの右手首を掴むと引っ張り上げるようにして無理やりに立たせた。
なすがままのエンデが苦し気に表情を歪めている。
「彼女は六凶星だ。あの時、私たちが殺したはずで実際はそれができていなかった存在だ。ならば、これは私たちのやり残していた仕事という事になるのではないか?」
もっともらしいことを言いやがる。
でもな……。
「嘘つけ。お前そんな仕事熱心じゃねえだろ」
「フッ、確かにな」
素直に認め、アイスヴァーンは口の端を僅かに上げる。
あれで本人は笑ってるつもりなんだろうか?
「ご名答。これは私用だ。個人的な用件で今私はこの場に赴いている」
エンデを片手でぶら下げたまま余裕の佇まいで……。
「有象無象に聞かせる気はないが、お前には話しておこう。何故私があの大戦に身を投じたのか」
「何か探してるもんがあったんだろ」
その話は一緒に旅をしていた時に聞いたことがある。
こいつも俺と同じ、国の為とか世界の為だとかで戦っているわけじゃない。何か別の求めるものがあってあの戦いに参加していた。
「その通り。この闇の森の最深部に魔族たちの崇める神を祀る神殿がある。そこには歴代の魔王が収集した古代よりの魔術の秘儀が収められている」
闇の森のさらに奥……。
大戦時もそこまで行く必要はなかったんで俺たちも足を踏み入れたことはねえ。
「魔王を倒してからゆっくり捜索を行えばいいと思っていたが、読みが甘かったよ。あの場に施された封印は私の予想を遥かに上回る頑強なものだ。魔王か、或いはその血を引くものでなければ絶対に解除はできないようになっていた」
「そんならもうどうしようもねーだろ」
鍵は俺たちが殺っちまってんだから。
「そうだ。私もそう思って絶望したよ。……だが、そうではなかった」
表情のない男の目がギラリと輝いた。
この男が初めて見せる熱狂の光を宿して。
「彼女が!! 生きていたのだからな!! それを知った時私がどれほど狂喜したか!!!」
エンデの手首を掴んでいる手をこっちに向けてグッと突き出してきたアイスヴァーン。
辛そうなエンデの視線と俺の視線が空中で交差する。
「待てよ。……それって」
『魔王か、或いはその血を引くものでなければ』……さっきの奴のその言葉が俺の頭の中で木霊する。
「エンデビュート・ロゴス。先代の血を引くこの世でただ一人の存在だ。その彼女が死んではいなかった。私の望みは潰えてはいなかったのだ」
「やめなさい……」
歯を食いしばっているエンデが苦し気に言葉を絞り出す。
「あそこにあるのは破壊と殺戮のための魔術だけ!! 貴方に必要なものなんてない!!!」
「私は探究者だ。この世の全ての叡智を求める者だ。例外はない。……それにだ。今自分にとって必要ないからといってそれに価値がないと断ずるのは愚かで浅はかな事だ」
なるほどな……。
酷く暗い気分で俺は眉間に皺を作った。
全部が繋がったぜ。
「何があろうが私は開封に手を貸したりはしない。諦めなさい!!」
「その反応も想定済みだ。闇の姫君よ。少し静かにしていてもらおうか」
バチッ!!! と一瞬激しく周囲がフラッシュしエンデがカクンと糸の切れた操り人形のように俯いて動かなくなる。
「エンデ!!!!」
「眠ってもらっただけだ。……ウォード、手を引け。こんな私だが友情らしきものは持ち合わせている。お前を傷付けることは本意ではない」
友達だから……と黒衣の魔術師が言う。
だったら……。
「そんなら、俺もそっくり同じことを言うぜ。やめろ、アイスヴァーン……お前を殺したくねえ」
自分の声とも思えねえ。
低くて暗い……そんな言葉が口から零れる。
「何故だ……? 私も先ほどの問いをそのまま返すとしよう。彼女は本来であればとうに私たちの手に掛かって死んでいたはずの者。何故お前が今になってそんなに必死になる?」
「……………………」
俺は答えなかった。
二人の間に僅かな沈黙の時間が流れる。
それでも、奴は何かを察したらしい。
フーッと嘆息のような息を吐いてアイスヴァーンは目を閉じる。
「上手くはいかんぞ。人と魔族だ。文化から寿命……何もかもが違うんだぞ」
「うるせーな、んな事はわかってんだよ」
俺は苦笑する。
「答えが欲しいわけじゃねえ。これは俺が墓場まで持ってく純情だ」
そして右手を突き出す。
お前が掴んでいる人をこちらへ引き渡せと。
「健気な事だ。世界を救った英雄がな……」
……圧力が増した。
「わかった。私も覚悟を決めるとしよう。互いに無傷でこの場を収める方法はなさそうだ」
アイスヴァーンが輝く魔力を陽炎のように放出したその時……。
玉座の前に駆け込んでくる者がいた。
「ウォード!!!」
「はっ、はひぃ~……ウォードさぁん!!」
ランディとアニエスだ……!
「懐かしい顔が次々と……」
「!? アイスヴァーンか……!!!」
その場にいたかつての仲間の顔に二人が驚愕している。
「いいとこに来てくれたぜ!! アイスの野郎トチ狂ってエンデをさらおうとしてやがる。手ぇ貸してくれ!!」
「わかった……!」
流石相棒。ごちゃごちゃ説明する必要はねえ。
すぐにランディとアニエスは臨戦態勢を取る。
「お前たち三人を一度に相手取れると思うほどうぬぼれてはいない。……対策済みだ」
アイスヴァーンが上を見上げた瞬間、轟音が響き渡り城が揺れた。
「なんだァ!!!??」
天井を突き破り瓦礫と共に何か大きなものが次々と玉座の間に降ってきた。
……それは鉛色の無数の巨大な円錐だ。
先端から底までが2m以上もある巨大な金属製の円錐。
床を破壊しながら突き刺さったそれの表面にいくつものラインが引かれ、そこを境目にガキンガキンと音を立てながら展開を開始する。
外装はそのまま装甲に……両手は長く大きく、足は短く小さい、前傾姿勢の人型の兵器に変形していく。
俺たちにとっては馴染みのカラクリ兵器。
「『神を狩る棘』か!! 彼女も来ているのか……!!!」
盾を構えて飛んでくる瓦礫を弾きながらランディが叫ぶ。
『うっひゃっひゃっひゃ!! そういうこった!! ウチも来てるぜ!!』
機械兵の内の一体の背から何者かがぴょこんと顔を出す。
小柄な女だ。白衣を着ている。
外跳ねの多いブロンドをポニーテールに纏めて愛嬌のある大きな丸い眼鏡を掛けたややツリ目の大きな瞳の女。
見た目は少女だがこの場にいるエンデ以外の奴よりは年上のはずだ。
ドワーフの血が入ってる彼女は見た目幼く見えるのだ。
「マキナぁぁッッ!!!!」
「よーッス、ひっさしぶりぃ~。天才美少女研究者のウチですよ。懐かしがって泣いていいんだぜテメーら」
そう言って俺たちのかつての仲間の一人マキナ・ヴェロニカ・ロードリアスはニヤリと犬歯を見せて笑った。




