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Ep,26 最強国家の王

 突然の再会。

 混乱する俺の頭の中をごちゃごちゃした思い出が駆け抜けたりコケたりしながら通過していく。

 リアナ・ファータの至宝とも言われた美姫セシリア。

 俺が人生の一時焦がれて結婚まで考えていた女性が今俺の目の前にいる。


「……ど、どーも、お久しぶり……です……ね」


 緊張と焦りと……後はなんだ、まあとにかく色々なもので内心グチャグチャになった俺は必死にそれだけをどうにか口にする。

 セシリアは一瞬ぽかんとした表情になってから我慢しきれないといった様子で吹き出した。


「なんです? その言葉遣い。……ウォード、少しお話できませんか? こちらへ来てくださいまし」


 優雅に笑って彼女が歩いていく。ふわりとその場にいい匂いを残して。


 ……変わんねえなぁ。

 正直なとこ、俺は彼女を見ると色々なことを思い出しちまって、気まずいやら気恥ずかしいやらであんま長く顔を合わせていたくはないんだが、場所が場所だし拒否もしにくい。

 やむを得ず重たい腰をなけなしの気力で浮かせて彼女の後を追う。


 セシリアが俺を連れ出したのは城の庭園だった。

 これでもかとばかりに手入れがされた生垣やら花壇やらのある空間だ。

 奇麗すぎて現実感がない。絵画か絵本の中みてーな風景だよ。


 明るい日差しの中、芝生の上で小さな子供が数名の侍女と戯れている。

 笑い声とも叫び声ともつかない元気な声を発してまだ若干危なっかしい足取りで動き回っている子供。


「……わたくしの子ですわ」

「ほぉ」


 ……そういや俺がフラれてちょっとした後に隣国のいい家のやつと結婚したんだっけか。

 そりゃあのくらいの子がいてもおかしくはないわな。

 きっと懐妊も出産も大きなニュースになっていた事だろう。

 でも俺はショックを引きずっててそういう話題から逃げてたから知らなかった。

 恐らく聞いてはいたんだろうが記憶から排除しちまってるんだ。


 二人で何となく彼女の子を眺めていると、ふとセシリアが若干声のトーンを落として話し出す。


「あの時はオッサンみたいな言い方で貴方を拒絶してしまって申し訳ありませんでした」


 ……あ、あれはやっぱ本人でも「オッサンみたいな言い方になってしもた!」って思ってたのね。

『ムリムリムリ、ムリッすわ』とか言ってたもんな。


「わたくしは幼い頃から決められている許婚がおりましたのでお受けできなかったのです。でもそれをご説明する前に貴方は走り去ってしまわれたので……」


 ええ、ソウデスネ。

 なんかパニくって「だ、大丈夫!! 全然気にしてないから!」とか言い残してダッシュで逃げた記憶があるわ。


 ……よくよく考えてみりゃあ、当たり前の事だよな。

 ここまでの大国の王のただ一人の子供だ。

 政略結婚の相手がいるのなんて当然だ。

 なんてこたねえ、無知な若いバカが暴走してコケた……これはそんだけの話だ。

 そんな俺のバカさが彼女を「慌てるとオッサンになる女」にしちまった。

 謝るならこっちの方だ。


 どうしてか、俺は彼女の子を見てもあまりショックは受けなかった。

 いつの間にやら過去のことだとある程度自分の中で消化ができていたのか……。


「君に似てるな。将来はきっと美人だ」

「あら、口が上手くなりましたのね」


 それからしばらくの間、俺と彼女は戯れるチビを見ながら昔話に花を咲かせた。


 ────────────────────────


 五大国の王とエンデによる会議は五時間近くもかかってようやく閉幕した。

 直後は流石のエンデも疲労しているように見えた。


 そして六名の国家元首の連名で発表された内容とは……。


 魔族たちの指導者エンデビュートが治めるダークキングダムを人類領域の友好国として認めるという……ドえらい衝撃的な内容のものだった。

 そして、それと同時に人類と魔族との戦争状態の終結を宣言したのだ。

 エンデの国に……魔族の国に人類側と正式に国交が結ばれた。

 その事実は俺の頭にすんなり入ってきてくれずに城の廊下で俺は困惑してアホ面晒す羽目になった。


 ……戦いが終わった。


 始まってもいない内から終わった。

 新生魔王軍は結局どこの勢力とも戦闘状態には陥らずに魔族の国には平和が訪れたのだ。


 俺は一応は傭兵みたいな立ち位置で魔王軍に身を置いている男だ。

 そうなると俺はどうなるんだろうか?

 いきなり追い出されるとは思えないが「いざ戦いになればまあまあ役に立つよ」っていう最大のアドバンテージが失われてしまった今、自分にどんな価値があるもんだか……。


 俺はどうなるんだ? どうするべきだ?

 立ち竦んでそんな事をぼんやり考えていると……。


「オイッ!! オイ、ウォード!! いやがったな!! お前ちっとこっち来い!!!」


「!!!!???」


 バカでかい声にビリビリ鼓膜を震わされ俺は現実へ引き戻される。

 ……なつかしい低い声だ。

 ついに……ついに見つかっちまった。


 バカでかい声の主はバカでかいオッサンだ。

 2m近い身長もそうだが横幅も滅茶苦茶デカい。

 盛り上がった肩や背は岩盤みたいで二の腕はまるで丸太だ。

 王族の豪華な装束を着て頭に王冠を載せちゃあいるが、それがなければ鉱山労働者のボスつった方が信じてもらえそうなゴツい髭面のオヤジ。


 リアナ・ファータ国王ガルレオン二世。

 俺が一番会いたくなかった相手だ。

 そのおっさんが今俺を手招きしてる。


 もう逃げ場はねえ。

 観念した俺はフラつく足取り王が呼ぶ方へ歩いていく。


 城の一室に入った俺は王の薦める椅子に座る。

 目の前に向かい合う形で座るガルレオン王。


「おめェはよ~~冷てえ奴だよ。薄情な奴だよなァ~~!」


 ズイッと寄ってくる王。

 ……近い! 鼻息がかかる!! 生暖かくて気持ち悪い!!!


「俺があんッッッッッッなにおめぇに目ェ掛けてたってのによお。一言もなしにプイッとどっか行っちまいやがってよぉぉぉ!!」


「ヒイッ! さっ、さーせん!!!」


 不機嫌そうな熊みたいな顔面で迫る王。

 でかい手で肩を掴まれガクンガクンと揺さぶられて俺はつんのめったり仰け反ったりしながら必死に謝罪の言葉を口にする。


「仕事ならなんぼだって世話してやるっつってたろうが!! それをおめぇ……仕事がなくて出てったとか言われたら俺ぁ立場がねえじゃねえかよぉ!!!」


「ごもっともっス!!!」


 ……それはあれだよ。姫の事があって俺は城に寄りつけなかったからでさ。

 後は王が怖かったってのもある。

 面倒見て貰ったら組織的な意味でのファミリーに組み込まれそうだとか思ってて。


「少し痩せたんじゃねえのか!? ちゃんとメシ食ってんのかぁ!!?」


「くっ! 食ってます!!!」


 最近は闇の都でも普通に肉が食えるようになりました!!


 ああ、今になってようやくちゃんとわかったぜ。

 俺がこの人に持ってる苦手意識は後ろめたさからくるもんだ。

 目を掛けてもらってたのはわかってたよ。

 だけど俺は自分がそんな大したモンだとは思ってなくて……だから敬遠しちまってた。


 ようやくそこでガルレオン王は俺から手を離す。


「いいかぁ? ウォード……俺は今回の話、おめぇが世話になってるからってんで署名(サイン)したんだからなぁ。その意味わかってっかぁ?」


「!! ……ウッス」


 国交のことか……。

 改めて今の王の言葉が俺の中にズシンと重たく響く。

 俺の面倒を見ているという点も考慮に入れてエンデと彼女の国を信用したという事だろうな。


「しっかりやれよ。それと……たまにでいいからここにツラ出せ。ったくよぉ、俺はお前を実の息子みてぇに思ってたってのによ」


 まあ、目の前の男はあなたの義理の息子になろうとしてて失敗した男なんですけどね。


 勝手にびびりまくって距離を置いてたが、俺が思ってたよりもこの人は暖かい人だったのかもしれねえ。

 そんな事を考えつつ、俺は再度王に深く頭を下げるのだった。

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