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Ep,2 無職の負け犬、お誘いを受ける

 かつて俺と仲間たちが倒した魔軍の重鎮、六つの闇の星の名を関した将軍たち『六凶星』。

 その内の一人『獄炎星』のエンデビュートが復讐のために俺の前に姿を現した。


「…………………」


 そのエンデビュートの前で今俺は両手両膝を地面に突いてうなだれている。

 ……もう涙も出やしねえ。

 命を狙ってきた復讐者にまで哀れまれた。

 この事実は俺のハートを木っ端微塵にしていた。


 もうS・Mだ……今の俺はスゴイ・ミジメだよ……。


「……殺しなさいよ」

「えっ?」


 絞り出すような声で言う俺。

 驚くエンデビュート。


「ほらァ! 殺しなさいよッ!! アンタあたしを殺しに来たんでしょう!! やればいいじゃない!!」

「お、落ち着きなさい!! オカマになってるわよ!!!」


 もう失うもんは何もねえ。

 恥も外聞も生まれ持った性別すらかなぐり捨てて俺は絶叫した。


 だがその時、そんな緊迫した空気をブチ壊しにするようなか細い犬の鳴き声みたいな音が響き渡った。

 ……俺の腹の虫だ。


「お、お腹……お腹空いてるのね? 何か食べに行きましょうよ。私、奢るから」


 宥めるように言うエンデビュート。

 なんか必死だなコイツ。

 そんなにアレか、食い詰めた俺の扱いに困ってる感じか。


 というかコイツ、今ので俺の叫びを「ハラ減って機嫌わりーんだな」みたく解釈してないか?


 ……ともあれもう俺も空腹でこれ以上オカマアタックする元気もねえ。

 奴の申し出を飲んで黙ってうなずく事にした。


 ────────────────────


 どこでもいいって言うんで俺が奴を連れてきたのはその辺の大衆食堂だ。

 もうそろそろ夕飯時だ。

 気の早いグループはもう盃片手に盛り上がってやがる。


 俺たちは窓際の席に向かい合って座る。

 奇妙な二人の相席。

 近くのテーブルの喧騒もどこか別の世界の出来事じみて遠く感じる。


 程なくして運ばれてきた料理を無心で俺は搔っ込んだ。


「……はぁ。何なのよ。すっかり計算が狂ったわ」


 エンデビュートは食事は頼まなかった。

 俺の真ん前で優雅に紅茶のカップを傾けていらっしゃる。

 奴の綺麗なツラは憂いに満ちていた。


「まさかあんたがこんな無残に落ちぶれてるなんてね……」


 無残とか言うなよ!!

 ……例え事実だとしても!!!


 一瞬クワッと目をかっ開いた俺であったが、そこは超人的な精神力で沈黙を保った。

 何せ目の前に座ってる女の財布で飯食ってるんだ。

 機嫌損ねて帰られでもしたら無銭飲食が確定しちまう。


「浮浪者になってるなんて思わなかったし……」


「浮浪者じゃねえよ!!!」


 ……まだギリギリな!!!


 そこは流石に黙ってられなかったんで力強く訂正しておく。

 大事な事だから。ホントに。

 住む場所は一応はあるから。


「うるさいわね。似たようなものでしょ」


「…………………」


 ……違うもん。

 反論はできたが俺はそうしなかった。

 別にこの女にびびったわけじゃねえ。

 無銭飲食にびびっただけだ。


「そうだ。いい事思いついたわ」


 しばらく無言の時間が続いた後でエンデビュートは急に口を開いた。

 本当に良い事を思いついたのか表情が少し明るくなってる。


「あんた私の手伝いしなさいよ。どうせヒマなんでしょ? 無職なんだし」


「あぁ?」


 思わず全力で「何ゆってんのコイツ」って顔をしてしまう俺。

 決して無職の一言に過剰に反応したわけじゃない。……ほんとに。


「お前の手伝いって……何するんだよ」


「私は魔王軍を再建したいのよ。その為に色々動いてるわけ。あんたを殺して魔王軍がまだ潰えたわけじゃないって知らしめるのもその為のワンステップだったんだけど、あんた勝手に負け犬になってるし」


 ……またチクチク言葉を使う。

 無職だの負け犬だの。

 なんか繋げたらスゲーぞ。

『無職の負け犬』だ。通常の負け犬より数倍アカン感じだ。


「今はそんなでもあんたは魔王様を倒した実力者って事には変わりないしね」


「魔王を倒した俺を、魔王軍の再建に誘うって……どういうつもりだよ」


 ……それはあれだろうか。

 汚した場所は自分で掃除しなさい! みたいな……ちょっと違うか。


「関係ないわよそんなの。魔族(わたしたち)は実力主義だしね」


 肩をすくめてあっけらかんと言い放つエンデビュート。

 ……本気っぽいな。


「悔しくないの?」

「……ん?」


 急に問われて何のことやらわからず俺は怪訝そうに片眉を上げる。


「あんた悔しくないのって。あんたあの戦いの最大の功労者じゃない。英雄って呼ばれてたんでしょ? それが今の有様は何? 皆に無視されて。こんな扱いを受けて悔しくないのって聞いてんのよ」


「………………………」


 それは……。


 それは、少し違う。

 俺は皆に無視されたわけじゃないんだ。

 俺に少しでもその気があれば……。

 もうちょい、地に足の着いた生活をする気があれば、いくらだってどうにだってなったはずだ。

 でも俺はそうできなかった。

 一番良かった頃の、あの感覚が忘れられずにいつかまたデカい話が自分のとこに舞い込んでくるんだと思い込んで適当に毎日を過ごしてきちまった。


 ……その結果が今のこれだ。


「……わかったよ」


「!」


 目を輝かせるエンデビュート。

 ……こいつ、結構内心が表情(かお)に出るな。


「お前の手伝いをしてやる。魔王軍、立て直そうぜ」


 思えば、あの日から……大戦が終わって帰国して英雄と呼ばれたあの日から。

 誰かに何かにしようって言って貰えたのは初めてだしな。

 ……いや違うか。ギルドの窓口のオッサンがいたか。

 いいやアイツは。オッサンはノーカンだ。


「本気なのね? 後戻りできないわよ? 裏切ったら許さないから」


 言いながら奴は上機嫌に俺の手を取った。

 こうして魔族の手を取るのも初めてだ。

 人と変わらねえな……暖かい手だ。


 ……こうして。

 俺は……ウォード・ヴァルケンリンクは新生魔王軍に参加する事になった。


 人類を裏切った。

 ……ってつもりはあんまりなかったりする。

 大体が前の大戦の時も人類がよくて魔族が憎いって思って戦ってたわけじゃないしな。

 戦争なんてもんにいいも悪いもない。

 ま、そんな俺の言い分が万人に通るとも思っちゃいない。

 かつての戦友たちと戦う覚悟は決めておかなきゃな。

 場合によっては……パーティーのあいつらともか……。


 パーティーの仲間たちの顔を思い浮かべる。

 どいつも皆落胆した顔してやがる。

 ガッカリさせてすまねえな。

 ……けど、こんなもんだ。俺なんてのはな。


「さあ忙しくなるわよ! 食べ終わったらすぐに支度しなさい。今夜の内に出発するわ」


「お。転移でシュッと行く感じか?」


 こいつら、何もないとこから急に現れたり逆にいきなり消えていなくなったりするからな。

 転移は俺も過去二回しか経験したことがない。

 ちょっと楽しみだ。一瞬で遥か遠くに移動するってのはな。


「何言ってるの。そんな無駄な魔力使えるわけないでしょ」


 だがそんな俺をエンデビュートは白けた顔で見る。

 ……ほんとコイツ表情で内心わかるな。


「来た時の方法で帰るわ。汽車を乗り継いで一か月半よ」


「そ、そうか」


 割と長旅で俺に会いに来てくれてたらしい。

 そこまでして追い求めた相手が無職の負け犬とはな……ああ、自分で言っちまった。


「……今日でこの都ともお別れか」


 飯を食い終わって店を出た俺たち。

 見上げた視線の先には月をバックに荘厳な城が立っている。

 前は俺はあの城に自由に出入りできる身だった。

 今行ったら門番に追い払われるだろうけど。


「あの城の姫さんがえらいキレイな人でよ。前の戦争の時に俺は勝手に相思相愛だと思い込んでてな。帰ってきて告ったら『は?』みたいな反応されて……」


「聞いてるこっちまでやるせなくなるからやめてほしいんだけど」


 俺の思い出話に冷たい反応をするエンデビュートだった。



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